9/4(木) 男性ホルモン注射 10本目投与
【ホルモン療法記録】
投与薬: エナルモンデポー(エナント酸テストステロン注射液)
投与量: 250ml
投与箇所: 右のお尻
投与量: 250ml
投与箇所: 右のお尻
所感: 注射自体の痛さなどは、125mlと何も変わらず。
ただ、打ったその日は、はじめてホルモン注射をしたときと同じように
やたらお腹が空いた(というか、空腹感があって若干気持悪い)
眠い、ややだるいなどの副作用あり。
また、投与して2日経過しましたが
喉が、風邪??という感じでイガイガします。
【カウンセリング進行状況】
ガイドラインに沿ってホルモン療法と同時進行中。自分史ほぼ終了。
婦人科検診、セカンドオピニオンを
胸オペ(乳房切除)の日取りに合わせて調整中。
今日から投与量を250ml/3週間間隔 に変更しました。
人によってや、医療機関によって
少ない投与量で間隔を短くのほうが良いと言う場合と、
不純物が少なくすむので、250mlのほうが良い。。。 とか
筋肉注射の後は、マッサージしたほうが良いとか
反対にあまりマッサージしないほうがよいとか。。。
正直、何が「絶対正しい」というのはわからないので
一番大切なのは、定期的に血液検査や健康診断をして
自分の体と心の声に耳を澄ませることしか
ないのかな。。。と思っています。
また、ぼく個人の考えとしては、基本的にはガイドラインの治療を推奨しますし
完璧に沿う・沿わないに関わらず、何度か熟読し
その上で判断することを強くおすすめします。
但し、自由診療自体を否定するつもりはありません。
ぼくも、かつて
「自分がどう生きたいか」
がよく見えていなかった時期
また、どうするのかわからなかった時期がありました。
だけど それは別の言い方をすれば
「まだ決断できない」
「まだ決断したくない」
ということだったんではないかと
今となっては思います。
もちろん
ぼくの場合に限って言えばの話ですので
人それぞれだとは思います。
そのためにガイドラインの第一段階である
「カウンセリング」 という時期を経て
自分と逃げないで向き合うということをしました。
そしてそれは
とても貴重な時間であり
自分の人生の生き方を決める上で
絶対に必要な時間でした。
しかしそれと同時に
「ガイドラインに沿ってカウンセリングをしている」
ということを 「ある意味」 理由にして?!
自分自身で出す結論を
先延ばしにしていたのではないかとも思います。
もちろん 死ぬまで
男女どちらかの性で生きるという
二者択一の選択をしない生き方も一つですし
治療する・しないなんていうことも
決める必要もないですし
どんな個人の選択も
尊重されるべきだと思っています。
結局のところ
本人が
「楽しく生きる」「より人生の質を向上させて生きる」
ことが目的であり
性同一性障害を治すとか、体を心の性別に適合させるとか・・・
そういったこと自体は、ゴールではないと感じています。
カウンセリング治療だけで 「ありのままの自分」 を受け入れ
どちらの性に属さずに生きていくことも
勇気ある決断であり
こればかりは 最終的には
医師に言われてどうする問題でもないのだと思います。
ぼくが1年前にはじめて精神科を訪れたときは
体の治療に関しては
そこまで積極的には考えていなかったので
どちらかというと
「カウンセリングに通っている」 という事実を作り
「性同一性障害」っていう定義や言葉に
どこか守られていたかった
そういう思いがあったことは否定できません。
だから
「早く診断書を貰って、体の治療をしたい!」
という 「既に結論は出ている」 人たちとは裏腹に
ぼくの場合には
どんどんと治療がすすみ
すぐに診断が降りて
「はい。あなたは間違いなく性同一性障害です。
ホルモン注射開始していいですよ」
って言われるのが どこか怖くもありました。
なにか決断を迫られているようで。。。
そのときには ガイドライン上にいようがいまいが
「自分がどうしたいのか」 を
他の何者でもなく
己に問われることになるわけですから。。。
「治療のガイドライン」はもともと
我々のように心と体の性別の違和感を持つ人間が
きちんと自分と向き合い
専門家である第三者の客観的な見解も取り入れ
さまざまな選択枠の中で
メリット・デメリットを知り
自分の心身の状況を見極め
できる限り後悔のない決断をして
人生の質を向上させるために存在するもののはずなのに
僕は反対に
「ガイドラインによって 無理矢理決断を迫られている」
ような ちょっとした恐怖さえありました。
それまで30年近く ノーホル・ノーオペをつらぬき
どちらかと言うと中性としてのアイデンティティを確立し
生まれたままの体で生きていこうとしていた僕にとっては
ガイドラインによって
何か強引に 「男女どちらかの性」 に
はめられているような感覚さえありました。
だから、わざわざ診療の予約の間隔を長くしたりして
あまりすぐに向き合わなくて良いようにしたことも
記憶しています(笑)
完全にヘタレの意気地なしです。
どうか笑ってやってください(苦)
でも そういう風に思ってしまっていたのは
「性同一性障害」なら治療するべき
そうでないなら「治療するべきではない」
といった、僕の妙に堅い??考えや
そう勘違いさせてしまう風潮??のようなものが
そうさせていたのかもしれません。
しかし
ようやく今となっては
「性同一性障害」だから治療するわけでも
「性同一性障害」じゃないから治療しないわけでもなく
「その人がそう生きたいと願うから」
が一番重要なことであり
もっと極端な話
「性同一性障害」だろうがなかろうが
身体的治療をしたり
戸籍の性別を変更して生きて生きたいと思うなら
それは良い悪いとか 正解とか間違いとかを
誰かが判断したり批評するものでもなく
「その人の決断」
シンプルに それだけのような気がします。
もちろん 当事者の中には
治療などしたくないのに
「身体的嫌悪が強すぎて 治療以外選択の余地などない」
という人もいるだろうし
そういう方からすれば
我慢できる程度ならするな!という
という声もあるかもしれません。
しかしこれは ある意味同性愛に関する考え方と同じ気がします。
同性愛は 生まれつきの志向で
「本人が望んでなるわけではない」
という考えがある反面
「それも含め、最終的には本人の選択である」
とか
「そういう欲求があったときに、従う従わないは本人の意思」
という考え方もできる。
自分の欲望・欲求に従うか
社会や周囲の人間の欲求に従うか
という言い方ができなくもない。
所詮、 その人がどう生きるかは その人にしか決めらない。
「自分」という自我・アイデンティティでさえ
他を通してでしか
周囲に自分を反映させることでしか
見い出すことができないものなのだ。
他人も社会もなければ
自分が自分であること
自分が存在することすら
認識することができないのだ。
「性同一性障害」は
他人がどうこうとは関係のない問題であり
自分が何者なのか
という定義は間違ってはいないだろう。
しかし
それですら結局は
社会や他人があってこその「自分という存在」なのだから
地球上に男も女も含め 「自分以外」のものが何もなければ
自分が「性同一性障害だと認識することすら不可能」なのだと思う。
故に (← 何か大学の論文みたい。。。w)
性同一性障害と診断されたからと言って
必ず治療する必要はないのと同じように
診断されなかったからといって
本人が強く望めば治療しない理由はない
そんな風に思う 今日この頃です。
(もちろん闇雲に治療を進めているのではないので間違いのないよう!!)
いろんな方が訪れる可能性のあるブログで
「ガイドラインと並行して自由診療をしている」という
僕の治療の進行状況を記載することは
正直めちゃめちゃ悩みました。
だからこそ、注射を開始して3ヶ月間
そのことには何も触れないでいました。
本当は婦人科検診もセカンドオピニオンもとってから
さも注射を開始したかのように「情報操作」しようかとも
何度も何度も考えました。
しかし それでは
「見せたくない事実は隠ぺいし、都合の良いところだけ紹介」
する どこぞやの学校教育??と同じかな~と(笑)
ただ
「●●してはいけない」 と
実はそれを「している」大人が言うのでは
説得力もなにもありません。
それより
「●●するとこうなる」
「●●するとああなる」
など
現実を直視して
その解決策を考えたり
きちんと判断できるツールや情報を提供したほうが
フェアだとは思うのですが
どうでしょうか。
HIV感染のこと
違法風俗や未成年売春のこと
覚せい剤や大麻のこと
etc etc
日本の教育は特に?!
触れたくないもの
見ないほうが良いものは
ふたをして どんどん腐らせて(悪化)させていくのが
得意な気がします。
その結果 ふたを開けたら大変なことになっているのは
今までの歴史がよーく物語っています。
そんなこともあり
なんのしがらみもなく、自由に意見を言うために
会社にも組織にも属さず
「個人ブログ」をやっているのであれば
模範?とされる部分も
そうでない部分も
包み隠さず公開しよう!
そう思ったわけです。
大麻や覚せい剤
未成年の売春なども
その核心に触れず
単純に禁止したところで
絶対に撲滅できないのと同じで
リスクはなんだ
メリットはなんだ
そういうことをきちんと伝えないと
何も変わらないと思います。
僕がガイドラインに100%そって治療をしている
「優等生な大人」を演じるよりも
もしこれで僕が失敗しても
その失敗を通して 誰かが何かを学べる可能性はあると思う
そう思った。
もちろんガイドラインや精神科医は
「焦って・勢いだけで・一時気の迷いだけで」
後戻りのできない「治療」に踏み切らせないように
慎重に慎重に患者と向き合っていると思うし
患者自身にも自分に向き合うことを望んでいると思います。
そして、これはとても大事なことだと思います。
ぼくも30年の年月をかけてようやく
決断できたのですから。
だから 出来る限り 「後悔のないよう」
取り返しがつかないようなことは避けたいものです。
しかし 別の見方をすれば
人生で 取り返しのつくものなんてないのです。
治療をしない人生を歩んだことが
取り返しのつかないことになる可能性だって否定できないのです。
生殖能力の有無を人生最大の焦点とすれば
「治療」=「取り返しのつかないこと」 になるけど
生きている1分1秒を楽しく生きれないことを
最大の損失とするならば
その「時間」こそが 取り返せない貴重なものといえます。
しかし
取り返しのつくもの なんてないのと同様
取り返しのつかないもの なんて 実はないとも思います。
自分のDNAを持った子供がもてなくても
他の方法を探ればいい
他の可能性を模索したり 物事の見方をかえればいい
そういう意味では
万が一 「誤った決断」 をしたとしても
それもひっくるめて 「自分の人生」 だと
あらかじめ受け入れることが
大事なのではと思います。
失敗もない
後悔もない
そんな人のほうが
逆に不自然ではないでしょうか。
「失敗したとしても そしたらそのときまた考える
今から失敗したときのこを考えてもしょうがない」
安易っちゃあ 安易だけど
どこか真実をついているこのセリフ。
1年前
「あーでもない こーでもないと悩んでばかり」 の僕に
何かを押し付けるわけでもなく
サラ~っとこう言い放った憧れの先輩。
そんな先輩から
先週の40km歩いている途中
突然一本の電話がかかってきました。
「けーじろー君 お店手伝って」
はい。
ぼくは3日前からこの先輩の下
年内だけですが 「夜の世界」 で働いています(笑)
これっておなべホストなのかなぁw
何もかもはじめてのことばかりで
正直 泣きそうな毎日ではありますがww
めちゃめちゃ勉強になることばかりで
今 少しづつ
「生きることが面白い」
そう思えてきました。
「人生自己満足だからね~ アハハ ^^ 」
そう先輩みたいに笑っていえる日が来ることを信じて
今日もこれから ご出勤~♪ (笑)


















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個人として、意見や事実やまた装飾?(笑)を連ねるブログ。
ネットという開かれた書物?であるが故に、十分なディスカッションの場になると思います。
どんな事にも相反する意見もどこかが違う・・・なんて意見もあって、『其々の結論』が見出されていくんじゃないでしょうかねぇ。
読み手の私。治療の事については特に“けーじろーさんの場合”と考える事を前提として、いつも参考にさせてもらっています。
ご就職おめでとうございます♪
猛烈に、また真剣に東京に行きたくなりました。
今日帰って、旦那に相談という名の決定連絡?!
是非とも、泣かないでお仕事続けてください!
年末まであと数ヶ月・・・ヘソクリ作戦を・・・w
はじめまして。23歳、はつです。
僕は2ヶ月前まで、変わり者だけど一応女として生きてきました。それが、あるきっかけで「自分は性同一性障害だ」と自覚、同時にそれまで無意識に押さえてきた色んな思いや欲望や切なさが一気に爆発して一時期ある種のパニック状態になりました。
その時に、なんとか情報がほしくて、自分のアイデンティティーを落ち着かせたくて、ネットで見つけたのが、けーじろーさんのブログ(今のと前の)です。
読み始めた当初は、渇いたのどで水を飲むように、色んな知識や考え方が自分に浸透する感じがしました。頭の中、ほとんどけーじろーさんの考え方で埋まっていたかもしれない。それがいいことではないのはわかっていたけど、その時はそれが、パニックによって自分が潰れないための必要な「よるべ」だったのだと思います。FTMであるがゆえに出会う様々な状況への「答え」(それは「けーじろーさんの答え」なんだけれども)が用意されている教科書のような。
最近になってようやく、極端に振れていた「心の振り子」が、本来の「はつ」という位置に戻ってきたように思います。男とか女とか中間(?)とか、カテゴリーで分ける以前の「イカレタ(笑)、人間、はつ」という位置に。それとともに、僕の頭の中は「けーじろーさんの答え」から解放されて(勝手に捕まっといて解放もないですが^_^;)、「自分の答え」を考えられるようになってきました。自分がどういう人間なのかも、どうしたいか、どうするか、あくまでひとはひと、決めるのは自分。当たり前なことなのかもしれないけど、その決める「自分」が、誰のどういう意見から影響をうけているのか、意識していくことって、大事なことかもしれませんね。
そして僕はやっとけーじろーさんを、等身大の、生身の人間として捉えることができるようになりました。いつか肩を並べて、人間同士、おしゃべりできたらいいなあ、と思います。
コメントの場で、こんな長文書いてもいいのか、迷いましたが、今回の記事の内容と、上の「りこさん」のコメントを見て、今自分が考えていることと通じるなー、と思い、つい書いてしまいました。長々すみません。読んでいただいてありがとうございました!
こんばんわ。
マニュアル道理に人生いかないものだとおもいます。だからけーじろーさんはけーじろーさんのやり方で、マイペースにメンズへの道を(^O^)私もあと何年か考えて、女も楽しんでみて、よきパートナーができたらまた生き方を考えたいです。それが何年後なのか、かわらないのか、これからの私自身の力によりますがね(^_^;)
けーじろーさんもあらゆる角度で大変なことがあるんでしょうがここではありのままでいてください(^O^)
>りこさん
ご就職ってほどではないので
そろそろ夜の世界からは退散・・ですが
もし上京する際は、ぜひお声がけください^^
>はつさん
いっぱいコメントしてくれてありがとう!!
みんな色んな考えや生き方があるから面白
僕に洗脳されることなく(笑)これからもどんどんわが道を行ってくださいね。応援してます♪
>ともさん
はい。どうせなら男も女も楽しんでください。結論なんて一生出なくたって、自分が満足ならそれに限ります♪お互いマイペースにやってきましょう^^