0%の涙

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先日、コメントを通じて

「子供」についての質問があったので
今日はそのことについて 書いてみたいと思います。

実はぼくと嫁は つい数ヶ月前まで
「二人の子供」を作ろうと計画していました。

二人の子供といっても

僕の卵子+精子バンクの精子 を 嫁が代理母で出産  なので

それが法律で許されている国に行って膨大な費用を払っての話ですが。。。

そのためぼくは
卵子提供者の資格を得ようと、1年前から禁煙していたし
二人で毎月うん十万近く貯金だってしていた。

だけど遺伝子上 女性同士(XX同士)である僕らが
 「二人の子供」を作ることは
現在の医学・科学?では無理だ。

マウスの実験で 二匹のXX遺伝子から 子供が誕生したとはいえ
人間で実用レベルになるのには まだまだ年月がかかるだろうし。

「どうやったって 二人の愛の結晶は作れない。。。」

まあ最初から当然ちゃあ当然のことだんたけど

それが 「これほどまでに切ない現実なのか」

と思うと、飲みながらでも勝手に涙が流れてきたことがあった。

こんなに愛しい人がいるのに

二人の結晶を残せないなんて

あまりに残酷だ。

例え1%の望みでもできる可能性があれば。。。。

何度もそう思った。

だけど

そう願うのは 我々の勝手な言い分だろう。

きっと、1%でもできる可能性があるのに

子供ができなかった異性間の夫婦からすれば

むしろ「可能性が完全にゼロ」でないことのほうが

よっぽど残酷なのかもしれないのだから。。。。

僕らは、僕らの「0%」の悲しみに 何度も何度も泣いた。

あまりに切なくて

時にその涙は 美しすぎるほどだった。(←ナルシストすぎ??)

別に強がるつもりもかっこつけるつもりもないが

本当のことだから言うと

世間がどうとか 周りがどうとか 子孫繁栄とか 親がどうとか

そういった気持ちから 子供が欲しいと思ったことは

一度もなかった。

ただ

「この人と混ざった何かが欲しい」という

本能の欲求が とてつもなく凄かった。

生物学的に不可能だと思えば思うほど 
何とかして何とかしたかったし
類似する何かでもいいと思ったし
そのためにどんな苦痛も苦労を強いられるとしても
ぜんぜんいいと思った。

まるで 宇多田ヒカルのPrisoner Of Love にある一節

「残酷な現実が二人を引き裂けば
より一層強く惹かれ合う
いくらでもいくらでも頑張れる気がした」

みたいに
意味は違えど 似たような心情だった。

たけど僕らの出した結論は

「体外受精も人工受精もしない」 だ。

先に述べておきたいのだが
上記のいずれかの方法を非難するつもりも
批判するつもりも全くない。

むしろ その結果 
「二人」+「子供」がシアワセになれるのであれば
それ以上のことはない。

しかし、僕らに限って言えば

「二人のDNAを受け継いだ子供でない」 のであれば
新たに「創造」するのはやめようとという結論になっただけだ。

そのかわり

いずれ法律が「夫婦」なり「パートナー」
なりと認めてくれ
もし二人に余裕があるのなら

「養子や養女をもらって育てようよ」

そう心から思えたのである。

きっと 
少しでも困っている子を何とかしたいという気持ちと
やっぱり二人の遺伝子の入った結晶が欲しいという
両方の気持ちが本当だった。

しかし後者が不可能な今
片方だけの遺伝子を有した子供を
あえて作りたいとは思えなかった。

もちろん世の中には

「世継ぎ」問題や
「親のプレッシャー」等等で

人工受精でも何でもいいから子供を!

という親もいるだろうし
カップルの間でも

「せめてどちらかの遺伝子を」

と思う場合もあるだろう。

しかし ぼくらの場合は
度重なる協議の末
こういう決定をしたまでだ。

もちろん 僕が年収2000万とか稼いでたら
違う結論になっていたかもしれないけどw

あいにく そうではないので(泣)

うん百万、もしくは千万単位
そして 子供がいれば 更に数千万かかることを考えれば

今ある二人のシアワセに、そこまでの皺寄せをさせてまで

「無理して作るのは今の僕らには賢明でない」  と。

それと、
こうした経済面も去ることながら

僕が排卵誘発剤などの 女性ホルモン系の
治療に耐えられるかという点もあった。
これは嫁のほうが心配していた。

最初はぼくも 子供が欲しい彼女の夢をかなえるためなら
卵子提供もいとわないというつもりでいたが

二人の抱える 「いろんな意味でのストレス」のせいで
このままいくと二人の関係までもが
ギクシャクしてしまいそうな勢いだった。

嫁だって、子供は産みたいけど 
まだまだ「我々のような夫婦」に対する
制度も理解も浸透していない日本社会で
先人を切って産むことには不安はあっただろうし

海外での体外受精のたびに 長期会社を休めるわけじゃないし
忙しく働く彼女にしてみたら
仕事をどう・いつ休むかだけだって
死活問題だ。

だけど体外受精費用のことを考えたら
正社員は辞められない。

良くこれだけの問題を一人で抱えていたと思う。

そしてきっと僕は僕で
本当は、すぐにでも「男性ホルモン注射」を始めたいのに
「体外受精」で子供ができるまで
治療を開始できないというストレスをいつも抱えていた。

卵子提供者になるのに、半年間の禁煙が必須なのに
男性ホルモンを打ちながら 卵子提供をできるわけはない。

体外受精で出産なんて
うまくいけば一発だけど
下手すりゃ何年とかかかるかもしれないのに。。。

普通の家庭以上にかかる金銭的なこと
二人とも一人っ子な僕らは
いつかは面倒を見なきゃいけない親のこと

そんなことを考えて
二人の頭は

ほぼパンク状態にあった。

最初は、「こういう家族もありだよ」って
誰かに勇気を与えられたらと
先駆者になろうとしてた。

ラストフレンズにあるように
「家族」のあり方は多種多様。
何も DNAでつながっている 夫婦+子供
だけが 完璧なカタチでも優位な形でもない。

絆の築き方は なんぼだってある。

だけど 海外で何度も体外受精することは
あまりにも「色んな意味での負担」が大きかった。
今の日本の法律では、 何一つ守られていない僕らが
子供を作ること、育てることは おそらく並大抵のことじゃあないと。

だったらそれこそ
家族には多様なあり方があっていいんだから
二人だけでもいいし
老後は友人たちも交えて仲良く暮らしてもいいし
養子をもらってもいいし ^^

もちろん、子供を作ったら作った、
できたらできたで 全力で育てるまでですが^^

あと、ちょっとヨギッタことがあって

例えば僕の卵子+精子バンクの子が生まれて
もし妻がいなくなったら 
僕は一人で、妻と関係のない子を一人で育てるのか。。。と思うと
なんだか自信がなかったし

逆に僕がいなくなったら
彼女とは事実上、何もつながっていない子を
一人で育てなきゃいけないわけで
それもなんだか無責任な気もしたし。。。

もちろん そんなこと言ったら キリがないし
ごちゃごちゃ言ってたら子供なんて産むことも育てることも
困難なんだろうけど。

だからぼくらの結論は

「すべてを手にいれようとするのはやめよう」

「何かを捨てることも大事」

「せっかくある、今の二人の幸せをもっと大事にしよう」

ということになった。

きっと

僕はどこかで怖かったんだと思う。

「やっぱり子供が欲しいから」 って嫁に逃げられたらどうしようとか

逆に子供がいれば 別れなくて済むんじゃないかって

そう思っていた部分がないと言えば嘘だ。

でもそれを子供を作って防ごうなんて
どんだけ勝手だよ!って今は思う。

今は

「子供が欲しいんじゃなくて、けーじろーの子供だから欲しいと思えた」

という妻の言葉を信じている。

だけど人間だからいつ、どんな風に考えが変わるかはわからない。

もし今後
 「やっぱり子供が欲しいから。。。」 っていう理由で
別れそうになることがあれば

ごちゃごちゃ言ってないで
僕はすぐにでも精子バンクで精子買ってきますよ

それでとっとと自分の手で人工受精しますww

少なくとも僕らの場合は
子供を作るのが目的なら
最初から結婚なんてしてないんだし。

だって子供の有無  できた・できないで
パートナーとの関係がギクシャクするなんて
悲しすぎるし それこそ本末転倒だと思う。

だけど嫁は 今のところは

人工受精、つまり 僕でない「誰か」の「何か」は
一切体内に入れたくもないし
たとえ試験官の中で受精させたとしても
自分の卵子の中にさえ入ってくることを
許したくもないし 想像したくもない と言う。

だけど僕の卵子であれば それがたとえ受精卵だったとしても
自分の体内にいれて 代理母として生むことは
いとわないということだったらしい。

この感じ方は同じ女性でも様々だと思うけど
僕にとっても斬新だし、ある意味驚きでした。

偏見かもしれないけど、女の人は
最終的には相手が誰かはさておいて
何が何でも産みたい!!って
皆いつかは思うのかな。。。って思ってたから。
(僕、女心わかってませんか!??)

いまやシングルマザーもたくさんいて
「いかに良質なDNA」を
と精子バンクに行く女性も少なくない。

決してそれが悪いわけでもない。

ただ僕ら夫婦が出した決断は

ごくごく単純明快で

二人の子供なら欲しい。
でもそうでないなら改めて作ることはしない。

二人の愛情を必要としている子供たちを
一人でも引き取れるなら引き取って
精一杯育てよう。

二人のDNAの結晶は作れなかったけど
二人の愛で育てたその子は
二人の愛の結晶以外の何ものでもないと思うから。

愛の結晶のカタチなんて
ぼくらで決めればいい。

そんなわけで コメントの答えのつもりが
こんな長い日記になってしまいましたが

夫婦で子供に恵まれた人には 
そのありがたみと その奇跡を改めて実感し
おおいにその幸せをエンジョイして欲しいし

たとえ子宝に恵まれなかった夫婦も
子供以外の愛の結晶をたくさん創造して欲しいし

そして

たとえ自然じゃないカタチでも
二人の純粋な子でも 二人の子じゃなくても
子宝に恵まれたいと医学や最新の技術の力を借りて
努力している二人にも

どう転ぶにしても 幸せになって欲しいなと^^

ただし

犬一匹飼うのでも こんなに大変なので ^^;;

子供を育てるということが どれほそ大変なことかは
考えた上で ぜひ ご決断をw

もちろん
時代はまた変わるでしょう。

海外では多くの同性カップル、不妊のカップルも
最先端医療の力や
少しづつ整備されていく社会の制度に応援されて

子供をもうける人は年々増えています。

きっと日本でも、そういう日が来るかもしれません。

僕はそれはそれで 素直に応援することができます。

道は一つじゃない
答えは一つじゃない

それぞれが導き出すもの。

少なくとも僕ら夫婦の生活は
子供を諦めることによって
今のところは

かえって明るく、平和になりました^^

 

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