ついに3度目のGIDのカウンセリングの日がきた。
今日は、先生に依頼されていた ”自分史” を持参し、有給休暇をとっての訪問。
思えば、最初にクリニックを訪れたときは、僕自身、性同一性障害の診断書が欲しいのか、その先の、心と体の性別を合わせるためのホルモン治療や外科治療をしたいのか。。。それさえあやふやな状態での訪問だった。
がしかし、最近だいぶ変化してきたように思う。
今日は、先生に依頼されていた ”自分史” を持参し、有給休暇をとっての訪問。
思えば、最初にクリニックを訪れたときは、僕自身、性同一性障害の診断書が欲しいのか、その先の、心と体の性別を合わせるためのホルモン治療や外科治療をしたいのか。。。それさえあやふやな状態での訪問だった。
がしかし、最近だいぶ変化してきたように思う。
いつものように待合室で待っていると
僕のほかに2名ほど FTMと思しき方がいた。
一人は親子で来ていた中学生くらいの子。
もう一人は20代後半くらいの方が一人。
いずれも、声もまだ高かったし、まだ男性ホルモンの投与はしていないようだった。
待つこと30分。ようやく診察室に入る。
こんちわー! といいながら、作っていった自分史を渡す。
僕が書いた自分史は A4ペーパー3枚。
自分のプロフィールと、家族構成にはじまり、続いて
物心ついた時の話、 七五三 幼稚園 小学校低学年 高学年 中学 高校 大学 社会人・・・
と順番に、その時々のイベントや記憶の中で、
GIDや性自認や性別違和感に関係すると思われるものや
ぼくの性歴(笑) や恋愛遍歴 (苦) などと絡めて、
おもしろおかしく、かつ正直で包み隠さないものを
なるべく要点だけをすっきりと箇条書きでまとめたものだった。
すると先生が
“え?これ自分で作ったの?”
”はい。適当に色んなもの見て、アレンジして。。。。。”
”素晴らしく良くできてるね。仕事ができる人はこうなんだよね”
”え?ほんとっすか?? ” (かなりご満悦。じゃあ先生の秘書にしてよー w)
こんな会話からいつもどおり和気藹々とはじまった。
”どう最近は?なんかあった?” と先生。
”いや、特に何もないけど、まあ、色々考えてます。割と具体的に治療について。。。” と僕。
”治療したいという気持ち、変わらないんだ?”
”はい。変わりません。ただ、仕事がとても充実してきているので、いいような悪いような・・・
人脈が広がったり、嬉しい反面、”体が女である自分” を知る人間が、この世にこれ以上増えるのは
嫌という微妙な気持ちはあります。実際、ホルモン治療を開始したら、徐々にでも体が男性化するわけで
そうなれば、女子便に入るのも微妙だし、かといっていついつから男子便?ってなんかおかしいし。。。。
具体的に考えれば考えるほど、余計な気苦労は最低限ですませたいという思いはあります。”
先生は僕の話を聞きつつ、僕の自分史に目を通していた。
ぼくは先生の質問に答える形で
家族構成、両親のことなどからはじめて
結婚願望や今の嫁のことなどを徐々に話はじめた。
両親が結婚、離婚を繰り返したこと、
父親の自殺の方法や、うつ病の有無などは かなり重要要素なのか詳しく聞かれた。
精神疾患は遺伝もあるだろうしということだろう。。。
危険因子があるのなら知りたいというのは、精神科としては当たり前の姿だろう。
あれこれ話しているとあっという間に時間は過ぎ、
15分ほどのカウンセリングが終了。
カウンセリングといっても終始笑いの耐えない楽しい会話だ。
いつも待合室まで、楽しそうな声が漏れているらしい。
次回の予約をとって帰宅の途についた。
帰り道、いつもの行きつけの飲み屋に行き
嫁と熱く語り合ってしまった。
そして、改めて気づいたことがある。
それは
僕が、ホルモン治療や性転換手術(性別適合手術)をしたいのに
18歳の時から、早12年も思いとどまっていた本当の本当の理由は
母親なんじゃないかと。
つまり母親に心配をかけたくない、できれば子孫繁栄の夢をつないであげたい、
どこかで、母親にとって ”いい子” でい続けたいという思いがあったのではないだろうか。
それには、中学生から一人暮らしをした背景や、親父のことなど 色々あるにせよ
単なる 俺ってクソマザコンなだけ?じゃないかと思ったのだ。
それを自分で知ってか知らぬか 目をそらしてか
自分だけが治癒したくないとかカッコつけたり
社会のあり方がどうだとか主役を自分以外にしてみたり
副作用がどーだとか仮説ばかりたててみたり。。。。
まあ、それもゼロではないし、全然嘘ではないのだけれど
ぼくの中では、 とっくに答えは出ていたのに
必死で 親のためだけに
なんとか治療しないで頑張ってきたのだ。
(考えれば考えるほど無意味だ w)
おそらく とっくの昔から、ホルモン治療が不可欠な精神状態なのに
なんとかそれをしないで我慢してきたのだ。
大変ダー! 遂に気がついてしまったのだ。
そして、同時に確信したのは
ぼくは、本当の自分を見ずして死ねないということだ。
本当の自分 それはつまり 体が男性の自分だ。
たとえそれが作りものだとしても 人工のものだたとしても
ぼくにとって この人生での自己実現とは ”成人男性になる” ということなのだ。
(成人男性になる。。。というより、”女の着ぐるみを脱いで、男に戻る”という表現も使えるが、ぼくの場合、分泌されるべき
男性ホルモンが思春期に出なかったので、第二次性徴が起こらなかったという印象が強い。なので、これから不足していた男性ホルモンを投与して、来るべき第二次性徴を、遅ればせながら人工的に起こします・・・的なイメージでこう表現しました)
つまり これが、ぼくの宿命なんだろうと。
またまた変態意気地なしけーじろーが
この期に及んで今度は何をほざく? と言われそうですが
自分がもしも親になったときのことを想像したときに、
親として一番不幸なのは何だろう。。。。 そう考えた結果、
それは
自分のせいで 自分の子供が何かに耐えているということだったり
自分のせいで 己の子が、
本当にやりたい何かを諦めていたり犠牲にしている姿を見ることではないか
そう思ったのである。
親なら、たとえどんな子供だったり、子供の生き方だったとしても
最大の理解者、見方であり、応援団長でいたいし
本当に辛いときに サポートしてあげるべきだと思うのに
それとは正反対に、もしも自分の子供が、
自分(親)のせいで 何かを思いとどまったり諦めていたら
それは、世界一の苦痛ではないかと思った。
つまり、もしもぼくが あと10年 20年耐えて
もし女の体のまま生き続けたとしたら
最悪の場合、
母親を極限まで憎むことだってありえるだろうということだ。
しかし、何のいわれもなく 勝手に親のためだと思い込み
治療を踏みとどまったのはぼくの勝手な判断。
その時、親は親としての、最大の不幸を感じるはずだ。
もしかすると、本当の親不孝とは
子供が親の思い通りに育たないことではなく
期待通りに子供が生きようとする余り
やりたいことを犠牲にして子供が不幸になることではないのか。。。。
そう思ってしまった。
親は、子供が思い通りにならないとき
どんなに頑張っても 子供に対していらだつだろう。
しかし、
”あんたらの期待にこたえようとするあまり
ぼくはこんなに我慢してきたんだー 俺の人生を返してくれ!”
と 何十年も蓄積した鬱憤を ヨボヨボジジババになってから子供に言われたなら
これほど双方にとって不幸なことはない。
親も子も元気なうちに
めいっぱい反抗して めいっぱい親不孝をするほうが
本当は親孝行なのかもしれない。
ぼくは単純に 20年後に
親のせいで治療ができなかったと思いたくないと思ったし
それこそが何よりの親不孝で 親にとっても本望でないとおもった。
いつものごとく
人の何倍も進歩や気づきに時間のかかるぼくだが
こう思えてしまえば
治療するしないは、完全にぼくの気持ち次第
というところまで来た気がする。 (遅い遅い!!)
今さっきふと思った。
いつの時代も 誰かが先駆けとなって
リスクと背中合わせでも 不可能だといわれることや
タブーだったことに立ち向かわなければ
歴史は何もかわらなかったのだ。
いつだって 誰かの無謀なチャレンジが
進化につながっているのだ。
ぼくが男になるということは
リスクも伴い そして 完全に実現することは土台不可能だ。
しかし、それでもぼくは 男の自分と出会わないまま
今回の人生を終了することはできない。
それは、例えば ボクサーがリングにあがらないではいられないことや
登山家が雪山のエベレストに登ったり
宇宙飛行士が宇宙に行かずにはいられないのと一緒だ。
人には様々な自己実現の方法があり
その中にはリスクの高いもの 低いもの
賛同を得るもの 反感を買うものなど 実に様々だ。
しかし
山に登るのが危険だからとか
空を飛ぶのはリスクがあるからとか
宇宙に行くと戻ってこれないかもしれないから。。。。
という理由で
やめる人もいるが やめない人もいる。
ぼくがもし宇宙飛行士なら
やっぱり宇宙に行きたい。
どうせ死ぬなら 大好きな宇宙で死んだとしても
悔いはない。自分で選んだんだから、誰も責めずにすむ。
死の直前 病院のベットで
あの時ロケットに乗っておけば良かった!! では
もう遅いのだ。
でも、乗らなかったから乗らなかったで
乗らなかったなりの人生を楽しめたんだし
これもできたし あれも出来たし
これはこれで良かった!
そう思えるのならそれでいいと思う。
結局のところ
自己満足でしかないし
自分の選択なのだと思う。
自分の人生なのだと思う。
中学3年生の時
読書感想文に入れられた赤字を思い出した。
”結局子供は、親に従わなければいけない” と書いたぼくに対し
当時の国語の担任の
まるでぼくの未来を予言したかのような一言。
”あなたは、お母さんの為に生きているのですか?
あなたの人生はあなたのものです ”
先生。今とっても良くわかりました。
赤入れ、ありがとうございます!
僕のほかに2名ほど FTMと思しき方がいた。
一人は親子で来ていた中学生くらいの子。
もう一人は20代後半くらいの方が一人。
いずれも、声もまだ高かったし、まだ男性ホルモンの投与はしていないようだった。
待つこと30分。ようやく診察室に入る。
こんちわー! といいながら、作っていった自分史を渡す。
僕が書いた自分史は A4ペーパー3枚。
自分のプロフィールと、家族構成にはじまり、続いて
物心ついた時の話、 七五三 幼稚園 小学校低学年 高学年 中学 高校 大学 社会人・・・
と順番に、その時々のイベントや記憶の中で、
GIDや性自認や性別違和感に関係すると思われるものや
ぼくの性歴(笑) や恋愛遍歴 (苦) などと絡めて、
おもしろおかしく、かつ正直で包み隠さないものを
なるべく要点だけをすっきりと箇条書きでまとめたものだった。
すると先生が
“え?これ自分で作ったの?”
”はい。適当に色んなもの見て、アレンジして。。。。。”
”素晴らしく良くできてるね。仕事ができる人はこうなんだよね”
”え?ほんとっすか?? ” (かなりご満悦。じゃあ先生の秘書にしてよー w)
こんな会話からいつもどおり和気藹々とはじまった。
”どう最近は?なんかあった?” と先生。
”いや、特に何もないけど、まあ、色々考えてます。割と具体的に治療について。。。” と僕。
”治療したいという気持ち、変わらないんだ?”
”はい。変わりません。ただ、仕事がとても充実してきているので、いいような悪いような・・・
人脈が広がったり、嬉しい反面、”体が女である自分” を知る人間が、この世にこれ以上増えるのは
嫌という微妙な気持ちはあります。実際、ホルモン治療を開始したら、徐々にでも体が男性化するわけで
そうなれば、女子便に入るのも微妙だし、かといっていついつから男子便?ってなんかおかしいし。。。。
具体的に考えれば考えるほど、余計な気苦労は最低限ですませたいという思いはあります。”
先生は僕の話を聞きつつ、僕の自分史に目を通していた。
ぼくは先生の質問に答える形で
家族構成、両親のことなどからはじめて
結婚願望や今の嫁のことなどを徐々に話はじめた。
両親が結婚、離婚を繰り返したこと、
父親の自殺の方法や、うつ病の有無などは かなり重要要素なのか詳しく聞かれた。
精神疾患は遺伝もあるだろうしということだろう。。。
危険因子があるのなら知りたいというのは、精神科としては当たり前の姿だろう。
あれこれ話しているとあっという間に時間は過ぎ、
15分ほどのカウンセリングが終了。
カウンセリングといっても終始笑いの耐えない楽しい会話だ。
いつも待合室まで、楽しそうな声が漏れているらしい。
次回の予約をとって帰宅の途についた。
帰り道、いつもの行きつけの飲み屋に行き
嫁と熱く語り合ってしまった。
そして、改めて気づいたことがある。
それは
僕が、ホルモン治療や性転換手術(性別適合手術)をしたいのに
18歳の時から、早12年も思いとどまっていた本当の本当の理由は
母親なんじゃないかと。
つまり母親に心配をかけたくない、できれば子孫繁栄の夢をつないであげたい、
どこかで、母親にとって ”いい子” でい続けたいという思いがあったのではないだろうか。
それには、中学生から一人暮らしをした背景や、親父のことなど 色々あるにせよ
単なる 俺ってクソマザコンなだけ?じゃないかと思ったのだ。
それを自分で知ってか知らぬか 目をそらしてか
自分だけが治癒したくないとかカッコつけたり
社会のあり方がどうだとか主役を自分以外にしてみたり
副作用がどーだとか仮説ばかりたててみたり。。。。
まあ、それもゼロではないし、全然嘘ではないのだけれど
ぼくの中では、 とっくに答えは出ていたのに
必死で 親のためだけに
なんとか治療しないで頑張ってきたのだ。
(考えれば考えるほど無意味だ w)
おそらく とっくの昔から、ホルモン治療が不可欠な精神状態なのに
なんとかそれをしないで我慢してきたのだ。
大変ダー! 遂に気がついてしまったのだ。
そして、同時に確信したのは
ぼくは、本当の自分を見ずして死ねないということだ。
本当の自分 それはつまり 体が男性の自分だ。
たとえそれが作りものだとしても 人工のものだたとしても
ぼくにとって この人生での自己実現とは ”成人男性になる” ということなのだ。
(成人男性になる。。。というより、”女の着ぐるみを脱いで、男に戻る”という表現も使えるが、ぼくの場合、分泌されるべき
男性ホルモンが思春期に出なかったので、第二次性徴が起こらなかったという印象が強い。なので、これから不足していた男性ホルモンを投与して、来るべき第二次性徴を、遅ればせながら人工的に起こします・・・的なイメージでこう表現しました)
つまり これが、ぼくの宿命なんだろうと。
またまた変態意気地なしけーじろーが
この期に及んで今度は何をほざく? と言われそうですが
自分がもしも親になったときのことを想像したときに、
親として一番不幸なのは何だろう。。。。 そう考えた結果、
それは
自分のせいで 自分の子供が何かに耐えているということだったり
自分のせいで 己の子が、
本当にやりたい何かを諦めていたり犠牲にしている姿を見ることではないか
そう思ったのである。
親なら、たとえどんな子供だったり、子供の生き方だったとしても
最大の理解者、見方であり、応援団長でいたいし
本当に辛いときに サポートしてあげるべきだと思うのに
それとは正反対に、もしも自分の子供が、
自分(親)のせいで 何かを思いとどまったり諦めていたら
それは、世界一の苦痛ではないかと思った。
つまり、もしもぼくが あと10年 20年耐えて
もし女の体のまま生き続けたとしたら
最悪の場合、
母親を極限まで憎むことだってありえるだろうということだ。
しかし、何のいわれもなく 勝手に親のためだと思い込み
治療を踏みとどまったのはぼくの勝手な判断。
その時、親は親としての、最大の不幸を感じるはずだ。
もしかすると、本当の親不孝とは
子供が親の思い通りに育たないことではなく
期待通りに子供が生きようとする余り
やりたいことを犠牲にして子供が不幸になることではないのか。。。。
そう思ってしまった。
親は、子供が思い通りにならないとき
どんなに頑張っても 子供に対していらだつだろう。
しかし、
”あんたらの期待にこたえようとするあまり
ぼくはこんなに我慢してきたんだー 俺の人生を返してくれ!”
と 何十年も蓄積した鬱憤を ヨボヨボジジババになってから子供に言われたなら
これほど双方にとって不幸なことはない。
親も子も元気なうちに
めいっぱい反抗して めいっぱい親不孝をするほうが
本当は親孝行なのかもしれない。
ぼくは単純に 20年後に
親のせいで治療ができなかったと思いたくないと思ったし
それこそが何よりの親不孝で 親にとっても本望でないとおもった。
いつものごとく
人の何倍も進歩や気づきに時間のかかるぼくだが
こう思えてしまえば
治療するしないは、完全にぼくの気持ち次第
というところまで来た気がする。 (遅い遅い!!)
今さっきふと思った。
いつの時代も 誰かが先駆けとなって
リスクと背中合わせでも 不可能だといわれることや
タブーだったことに立ち向かわなければ
歴史は何もかわらなかったのだ。
いつだって 誰かの無謀なチャレンジが
進化につながっているのだ。
ぼくが男になるということは
リスクも伴い そして 完全に実現することは土台不可能だ。
しかし、それでもぼくは 男の自分と出会わないまま
今回の人生を終了することはできない。
それは、例えば ボクサーがリングにあがらないではいられないことや
登山家が雪山のエベレストに登ったり
宇宙飛行士が宇宙に行かずにはいられないのと一緒だ。
人には様々な自己実現の方法があり
その中にはリスクの高いもの 低いもの
賛同を得るもの 反感を買うものなど 実に様々だ。
しかし
山に登るのが危険だからとか
空を飛ぶのはリスクがあるからとか
宇宙に行くと戻ってこれないかもしれないから。。。。
という理由で
やめる人もいるが やめない人もいる。
ぼくがもし宇宙飛行士なら
やっぱり宇宙に行きたい。
どうせ死ぬなら 大好きな宇宙で死んだとしても
悔いはない。自分で選んだんだから、誰も責めずにすむ。
死の直前 病院のベットで
あの時ロケットに乗っておけば良かった!! では
もう遅いのだ。
でも、乗らなかったから乗らなかったで
乗らなかったなりの人生を楽しめたんだし
これもできたし あれも出来たし
これはこれで良かった!
そう思えるのならそれでいいと思う。
結局のところ
自己満足でしかないし
自分の選択なのだと思う。
自分の人生なのだと思う。
中学3年生の時
読書感想文に入れられた赤字を思い出した。
”結局子供は、親に従わなければいけない” と書いたぼくに対し
当時の国語の担任の
まるでぼくの未来を予言したかのような一言。
”あなたは、お母さんの為に生きているのですか?
あなたの人生はあなたのものです ”
先生。今とっても良くわかりました。
赤入れ、ありがとうございます!


















![[LIKE]vol.6](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51c4oFmxsbL._SL160_.jpg)


けいちゃんと いつも何か相通ずるものがあると感じていて
なんだろうって思ってました
今日読んで ようやくそれが わかった
いや
けいちゃんが 代弁してくれたように思うよ
母おおもう気持ちゆえ 自分を自分として受け入れ
羽ばたかせられないこと。
治療をするって言う点では違うけど
私も同じな気がします。
自分の人生を自分のために意外に生きてなかったなーと気がつかされました。
その国語の先生誰だろー
SBMY先生かなー
けいちゃんが 十二歳くらいから感じてることを 私は 五年前くらいからやっと見つめ始めました
アメリカに戻る前に 会いたいなー
あと数ヶ月って感じです。
こんにちは!!久しぶりです。名前がどうしても英語になってしまうんですけど…。
前も書き込みしたジンです。
あれ、サイヤジンって書いたかな…?
俺もけーじろーさんと似てるというか共感する部分がたくさんあります。
友人や家族には恵まれてて今の環境には満足はしているんですが本当の自分を出せない苦しさとかは辛いです。治療はしたいけど寿命やリスクを伴うと思いとどまったりしました。
親が悲しむとか周りを色々気にしたりしましたけど、自分がどうしたいかが大切なんですよね!!
今就活中なんですが、ノーホルでも男性として雇ってもらえるところあるか探してみます。
今はまだ自分に自信ないすけどいずれ自信満々で過ごしてみたいな~。
あ、前号のLIKE拝見しましたよ☆
いつかお会いしたいです。
お久しぶりです。
今回僕自身、
治療の進度がけーじろーさんとずいぶん重なっており、
仕事に対してや親に対する思いで頷く事も多かったです。
母には経過を隠さずに伝えてますが、
先日手紙で、
「治療してもしなくても苦しいなら、
あなたの考えるようにしなさい。
あたしが生きている限り応援するから。」
と言われました。
僕は涙が出るくらいマザコンです。
自分を理解しようとしてくれる、
大事な人がいるなら、
自分自身で後悔のないように生きていたいと思います。
気持ち次第、
お互い望むように進みたいですね。
てすと
突然ですが、コミュニケーションサイトを運営しております。
p-netbanking と申します。当サイトでは、
「人気ブログをランキング」を重要なテーマとし、
ブロガーの方々の、コミュニケーションの場を提供すると同時に、
どなたでも無料で参加でき、よりエンターテイメントに、
気軽に立ち寄れるサイトを目指し、日々、努力をしています。
貴ブログ様のご登録の御願いにコメント欄を
お借りしてご案内をいたしました。
是非とも、貴ブログのご登録、及び、
ランキング参加を御願いできれば幸いです。
こちらのサイトです。
http://www.p-netbanking.jp
検索バー横にブログ登録フォームがあります。
また、検索サイト・ランキングサイト等より訪問しております。
重複してご案内になりましたらお詫び申し上げます。
なお、全く興味のない方は、削除してください。
失礼いたします。
名無しなので
1番目の方へ ^^
>自分の人生を自分のために意外に生きてなかったなーと気がつかされました。
自分も、ずっと気がつきませんでした。
カッコつけて、自分らしく、自分のためとかいいつつ
めっちゃ顔色ばかり伺ってたな。。。と。
まだまだ30歳。これから少しずつでも
自分のために半分くらいはいきてきましょか^^
p.s. ちなみに SBMY先生です w
サイヤジンさんへ ^^
名前の入力欄おかしいっすか??
自分でテストすると大丈夫なんだけど ^^;
なんか 我々似てますね。
似た者同士でわかちあいながら、そして全然違う人たちとも楽しみながら共存してきたいっすね。
>あ、前号のLIKE拝見しましたよ☆
>いつかお会いしたいです。
ありがとうございます!!!
ぜひ飲みにいきますかー。
今まで全くオフ会とか参加してなかったのですが
やっぱリアルで会いたいなと最近思ってます。
なんか企画考えてみますね。
よろしくお願いします!
3番目の方
>自分を理解しようとしてくれる、大事な人がいるなら、自分自身で後悔のないように生きていたいと思います。
ぼくも、まわりのみんなに感謝してるからこそ、ちゃんと幸せにならなきゃと思うし、ひとって自分のためでもひとのためだけで生きられないというかそれが真実なのかなー思います。
もし良かったら ^^ いつかリアルで飲み語り会いましょう (↑のネタに続いて)