6cm

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は、僕のクリチンの長さ。

ではありません (笑) 
200709221827000.jpg
昨日腰を針治療したときの 針の長さです^^

(※クリチンとは男性ホルモンの投与で肥大したクリトリスのこと 参照 6cmにもなれば、性交も可能でしょうが、日本人ではなかなか無理がある・・・)

嫁が以前から通っている"女性専用"治療院に 
ヒョンなことから 挨拶がてらに顔を出すことにした。
整骨院、接骨院、針治療などなど・・・ 僕の尋常ではない腰痛のために
数々の治療をしてきたが 何よりの面倒だったのは
ナベシャツを脱いでスポーツブラに着替えていくことと
いつもより1オクターブくらい高い声を出すことだった。

そんな必要ないのだけれど 自己防衛と余計なトラブル回避のために
無意識に僕が30年間とりつづけてきた行動だ。
今日明日で突然やめられるものでもあるまい。

嫁が通っていたここの治療院は 女性専用だが
カップルは男女でもOKなのだ。
前回の治療時に、ぶっちゃげトークでそこの先生と
嫁の離婚の話と僕のことを話してきたというので

もう素性を知られているなら 万が一治療してもらうにも楽だし
ちょっと挨拶しておこうか。

そんな軽い気持ちでドアをノックしてみると。

"あー 今日つれてくると思ったよ"といわんばかりの先生。

そして二言目には

"ブログ読みましたよ。お会いしたいと思ってました"

"え?? は??? おまえURL教えたの???"

聞けば先生は、嫁の話を聞いて、FTMなんたら・・・で検索をしたらしい。
すると意外にもSEO(検索エンジン対策済み)の僕のサイトは
すぐにヒットし(笑)
何件かFTM関連のサイトを見たあと、話の流れなどから

"この人に違いない!" と、そう思ったらしい。

お茶を出していただき、そんな話をしていると
予約をしていた嫁をそっちのけ、気がつけば僕が診察台に(^^;

想定どおり?といえば想定どおりだが
診察台にのったら最後・・・ 僕はまな板の鯉にさせられ
ブすっ!っとふかーく針を刺されたのである。

しかし10年以上わずらっている腰痛と坐骨神経痛
どんなにすばらしい針の先生でも そんな簡単に治るとは思わない。

だけどここの先生は 僕に多大なるヒントをくれることになった。

もしもブログを読まないで 僕を単なる"腰痛患者"として診察していたら
絶対といってよいほど気がつかなかったかもしれないが

僕の腰を診察した後 先生が発した言葉は

"腰痛は、僕へのメッセージ" 的なことだった。

つまり 僕は ずっと "我慢" してきたということ。

そして

"辛いよ・・・" って 辛いのに言わなかった 言えなかったこと。

そしてそのメッセージを聞かない 聞こうとしない 聞き間違えている僕に対して
何とかメッセージを伝えようとして 腰が痛んでいる・・・・

ちょっとこんな風に書くと 何事??と思うかもしれないが
思い当たるふしは十分にある。

ずーーーーーーーーーーーっと"腰"を治療しようと思って
その原因を探ることだけを考えてきた僕だが

痛み止めを飲んだり "楽" にしてあげることを
何にもやってこなかった。

頑張って 耐えて 自分の力で何とかして 弱音をはかないで
無理して 甘えないで 全部自分の責任にして

その腰痛治療に対する考えか方や姿勢は
どこか僕のGIDに対する考え方にとってもよく似ていて

ぶっちゃげ

痛々しい。

というより 俺、痛い子じゃん!(笑)

気づくのおせーーーーー みたいな。

きっと30年間 親を心配させないようにしたい
周囲にかわいそうって思われたくない 同情させたくない

そんな一心で 明るく 面白く 気丈に振舞っていたのかもしれない。

そう言われてみれば ただの一度でも

"僕は心と体の性が一致していない かわいそうな子で、本当はとっても
辛いんです!"  と

声を大にしていったことがなかったかもしれない。

別に、言ったところで、それからどうするかは考えるしかないし
不満や怒りをぶちまけたところで 結局は解決する方法を
何か楽する方法を考えることは いずれしなければいけないけど

まずは声を大にして あふれる思いや気持ちを
余計な何かにとらわれることなく ぶちまげないと

僕の体も心も 納得しないはず。

僕が その思いや怒り 悲しみを真正面から受け止め
そして そうだね・・・と聞いてやる

そうしてはじめて "あ、わかってくれたんだ" と
僕の心も体も納得すれば 
それだけで痛みも取れそうな気がする。

そして あとはいかに "楽" をするかだけだ。

楽をするということは 決して逃げることではない。

僕は "楽" "楽しい"ということは
人生の最大のテーマであり目的だと思っている。

一時の苦労も悲しみも何もかもも

すべてはその先にあると信じられている "楽" のために
人間はやっているはずである。

苦労するために苦労するひとはいない。
喜びや楽を手に入れるために 苦労を買う人はいても。

きっと僕は 楽をする勇気がなかったのだろう。

楽をすることは怠けること、逃げることと思い

痛み止めでさえ 痛みからの逃げ
痛みがあるのには痛むべき理由が僕にはあるから・・・・

そうやって
何事にも クソ真面目に ひとつひとつに対して
あほみたいに誠実に対応しすぎていたのだろう

もしかして 時にそれは誰かに感動を与え
共感を与える姿だったこともあるかもしれない

だけど それじゃあ 僕自身も 見ている人も
最後は疲れてぶっこわれちゃうだけだ。

そろそろ 楽したいんだよね。 いい意味で^^
きっと 悟りの境地って こういうことなのかもね

楽していいんだって気がつくこと

実は 楽をしないで苦労することのほうが
本当は逃げているのかもしれない

"苦労してるし我慢してるから" っていう言い訳ができちゃうから。

思っている以上に 楽をするって楽じゃない

僕の腰や性同一性障害が "少しでも楽" になるために必要だった一言は
実はこれだけだったのかもしれない。

"けーじろー そんなに我慢しないで 治療してもいいんだよ "

誰かのために 世の中を変えるために 
無理難題に立ち向かうこともおおいに結構だ。

だけど

僕自身がその状況を楽しめなければ 何の意味もない。

そういうことだと思う。

性同一性障害にも 腰痛にも 原因なんて千差万別だから
追求してもきりがない

一人の人間ができることは

そのことから どんなメッセージを聞き取り 受け止め 

そして

どうしたら "楽" になるかを考えるしかないのではないか。

心と体の苦痛に顔をゆがめて生活することに

もしかしたら僕が無意識に信じていた"価値"など
実はないのかもしれない。


第一回 GIDカウンセリングまで あと23日・・・




photos by keijiro

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