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2007年4月アーカイブ記事一覧

一人追悼式典

| コメント(7)

今日は本当に個人的すぎる日記凉
完全なる一人追悼式典。


先日北京に行ってきた。

亡き父の遺灰を生前大好きだった(はずの)
中国の大地に散骨するためだ。

とはいっても親父は一度として海外には行っていない。(はず)

最後に会ったは自分が中学2年のときだから
それ以上のことはわからないが。

こうなった経緯は今から5年前
2002年だっただろうか・・
いつものように新宿のマルハンの地下でスロットをしていた僕
大好きだったアラジンで勝利した後だったと思う

店から出たとたんに群馬に住む母からの電話。

珍しいじゃん

そう思って電話に出ると

今 大丈夫? あのね、あのね。。。

数秒の間があり

アキラがが自殺したって・・・

突然おかんの口から出てくる信じられないような言葉。

一瞬何が何だかわからない。

目の前が真っ暗とか 悲しいとかどうとかではなく
ただ一瞬全てが空白になったような時間が過ぎる

しかし 同時に
心のどこかで

やっぱりなぁ。。。

と納得している自分もいた。

親父と過ごした時間は長くはなかったが
子供ながらに感じていたこと
それは
親父が地球生活に向いていないということ
 
よく言えば 無欲で 精神を磨くことを最優先し

悪く言えば 無力で 生活力がなく 現実逃避

正直
離婚するまでの間
おかんに昼も夜も働かせて
水商売までさせて自分は小遣いをもらい

いくら腰が痛いからといって
仕事をしないで家でテレビを見ながら
俺をストレスのはけ口として
時には人格を豹変させて僕に殴りかかった親父に

幼少時の僕が
負の感情を抱かないでいようとすることは
そんなに容易ではなかった。

僕のおかんに苦労ばかりかけた
どうしょうもないダメ親父

そう思った時期がなかったといえば嘘だ。

もしかすると
もしかしないかもしれないけど

幼少期から中学時代まで抱いていた
僕の中での

男性に対する嫌悪感と不信感・・・・

これは親父の影響がなかったとは言い切れないだろう。

父親としてのプライドとか
男としての意地とかはないんか!!

そう思っていたに違いない。

僕が自分の性別に違和感は3歳からで
親父の実態を知ったのは早くても9才とかだから

そこの部分での影響はわからないが

僕が女として生きていこうと努力していた時期
男の人を好きになろうと努力していた時に
男性を好きになるとか
ときめくとかいうことは
まあ、なくても仕方ないにしろ

全くもって男性という生き物を信用できなかったは
残念ながら親父の影響も少なからずあるだろう。

もちろん今では
日本だけにとどまらず
海外でもいろんな生物学上の男性とも知り合い
お蔭様で心を開いて会話できる友人たちもでき(^^;

相変わらず
心の底から

男気があるな!!
こういう男になりたいな!連

って思う人は未だに2人くらいしか会っていないけれど
(それも皆還暦世代(笑)玲

それはある意味
女気があるな!(←ちょっと変な日本語だが)
っていう女性が
ある意味減っているのと同じわけで

ある種お互い様なわけで秊

本当に繊細で傷つきやすく
純粋で実はまじめなのは男なんだ!
(↑これもかなり偏った見方ではありますが・・・)

僕と一緒やんけ!(笑)

なーんて思ったりもして列
むしろ仕事なんかでは男と一緒にいたほうが
楽だなとか楽しいとか思えたりもするわけで

今は女だろうが男だろうがなんだろうが
人としてどうかで見れるようになったけど

俺の男嫌いったら 昔はひどかった怜

本当は男の子と遊びたくて
輪の中に入りたいんだけど
だけどどうしていいかもわからなくて。

男嫌いってより

だんだんと

負けたくない!っていう気持ちが増し・・・

あれ(^^;;

親父の話がぶっとびましたが

(軌道修正)

そんなわけで 5年前の秋
市役所から遺骨を引き取ってくれとお願いされた僕とおかんは
さいたまのとある市役所へ行った

“本当は無縁仏に行くしかなかたんですけど
戸籍をたどったら娘さんが存在してることがわかって
だめもとで連絡してみました。。。”

と。

(戸籍上は僕、間違いなく娘なんで。間違ってないです)
 

ここの役所の人は
本当に良心的な方だった。

もしこの人が頑張ってくれなかったら
親父が死んだことさえ
僕とおかんは知る由もなかった。

あまり私的なことで
これ以上市役所に迷惑はかけれないとは思ったが
一応発見時の状況や経緯を簡単に聞いてみた。

死後3ヶ月程度。。。
腐敗がひどく 白骨化も・・・
用意周到に準備された首吊り台・・・
近所の人が異臭で気がついたとかで。。。

聞けば聞くほど呆然とした。

しかし間違いなく辛いのはおかんのほうだ。

もしも自分の昔愛した人が・・・・とか

置き換えて考えるだけで
その苦痛がどれだけ尋常じゃないものかは
想像ができた。

だけどまだこのとき僕は
おかんがそこまで愛していたとは知らなかったから
もしかしたら平然といられたのかもしれない。。。

僕がしっかりしないと・・
そう思い 全く動揺することなく

涙を一滴も流さず平然と話を聞き続けた。

おかんもまだ実感もないのだろう・・・
事の非現実さにただただ話を聞くだけの僕たち。

遺書も何もなく
残されたものは

老眼鏡
カビだらけの免許証
そして
狭心症の処方箋の裏に書かれた
一面に中国語の文章


確かそれだけだったと思う。


“遺族がいるとわかると
損害費用など大家が請求してくる可能性がありますので
住んでいたアパートには行かないほうがいいと思います。
ドライブしますので遠めでみるだけにしましょう”

そういわれて
遺灰を胸に抱き
現場へ行った。

長いようで短いような
現実感のない15分ほどのドライブだった。

“あそこの部屋です・・・”

決して古くはない
いまどきのコーポのような外観に
ほんの少しだけ救われた気がした。

崩れ落ちそうなぼろぼろのアパートだったら
そこで最後に一人で・・・と思うと
耐えるに耐えられなかっただろう。

市役所を後にした二人は
僕が小学生だったころ
家族3人で毎年誕生日に来ていた
不二家レストランに行った。

僕が最初で最後に
親父を怒鳴りつけた現場だ。

誕生日だというのに
いつも人の接客だの態度だのに相当うるさい親父は
担当のウェイトレスに対して
場の雰囲気を台無しにするようなことをしてくれた。

まだ小学校の僕も
さすがに年に一度の自分の誕生日を台無しにされたことに腹をたて

テーブルの下で親父のすねを蹴飛ばし

“人の誕生日の日くらい そういうのやめてくれ! ”

そんなことをすごい剣幕で言ったと思う。

今考えてもくそ生意気なガキだが

さすがにおかんも親父も
あまりの僕の剣幕に
何も言い返せなかったのを覚えている。

そんな思い出のレストラン不二家で
おかんと何を話したかはもう覚えていない。

ただ

たわいもない思い出話をしながら

残された遺品を見て
親父は何を考えていたんだろう。。。

そんなことを思っていたに違いない。

なんとかして
親父の死をプラスにしようと思っていたのだろう。

後ろ向きなことは
二人とも決して言わなかった。

ただ、新しい彼氏と住んでいたおかんは
いきなり遺灰を持ち帰るわけにもいかず

その日は僕が持って帰ったのを覚えている。

大好きだった甘エビ、赤貝の缶詰、タバコ、酒・・・
そんなものを供えたのを覚えている。


あの日から僕は
生前何も親孝行ができなかった親父に対して
せめてしてあげられることはないか・・・
そんなことをいつも考えていた。

墓を作ろうとかも考えたが
学費を稼ぐために働いていた僕には
そんなお金はなかった。

なんとか安いお墓とか・・・

そうこう色々調べるうちに
散骨という可能性に出会う。

石原裕次郎さんとか多くの有名人が
好きだった場所や行きたかったところなどに
生前から散骨をしてほしいと遺言を残す著名人も多い。

金の面だけではないが

自然に帰したい
自由になって欲しい
そして
また違う形で地球に貢献してほしい

漠然とではあるが 
そんな希望を抱いていた僕は

いつか親父の大好きだった中国に連れて行く!

そう心に誓ったのだった。

僕と母がアメリカにいたときも
パスポートが下りずに渡米できなかった親父だ。
きっと生涯国外に出たことはないだろう。

だからどうしても
海外へ連れて行きたくなった。


あれから5年

ついに先日

遺品である親父の書いた中国語の意味を調べ

万里の長城へ散骨する日が来た。


なぜ万里?


それは僕もわからないが

唯一宇宙から目で確認することができる世界遺産とも言われる
万里の長城は

なんだか一番ふさわしいような気がしたのだ。

もちろん最終的には直感以外の何ものでもないのだが。


散骨用に細かく砕かれ
パウダーになっている親父の遺灰を
大事に保管していたおかんから受け取った

“全部なくなるのは寂しいから 半分に分けたよ”

そう母が言った。

僕の性同一性障害のカミングアウトをしてから
実際に母に会うのは初めてだったのだが
そのことについては
母は特に何も触れなかった。


もちろんその日同席していた僕の彼女には
初めて会うことになったのだが
相変わらずいつもどおり

おかんは自分のことをいつになく積極的に話してくれた(笑)

僕も彼女も

おかんのそんな性格には救われている気がする。

その日は銀座の沖縄料理で食事した。

僕がカミングアウトしたからもあるだおうか・・・

今まで母が誰にも話してこなかっただろう
親父とおかんのことを
初めて僕と彼女に話してくれた。

死んだ親父のことを

母は何のためらいもなく

運命の人・・・

そんなことを言っていた。

本当に愛し合っていたとも。

僕は正直驚いた。

僕はその日まで
申し訳ないが
自分自身のことを
愛のある二人の間に誕生した子だったとは
残念ながらあまり思えていなかった。

しかし

たとえ親父がどんな暴力を僕に振っていたにせよ
例えおかんが13歳の僕を置いて新しい男のもとへ行ったにせよ


僕は

そんなに愛し合ってた二人の間に生まれたのであれば

それ以上嬉しい報告はなかった。

おおげさかもしれないし

くっせーよって思われるかもしれないけど
はじめて親父を思うおかんの気持ちを聞いて
心のそこから

僕は生まれてきて良かったんだ連

そんな風に思えたように思う。


確かにおかんの中で

“時間”という魔法が

多かれ少なかれ 

おやじを
おやじとの時間を

美化させてはいるだろう。

本当につらかったことは上手に忘れてはいるだろう。

だけど何十年もたった今も

あの人と出会えて
あの人を愛せて良かった

そして

僕を生んでよかったと思っているのであれば

子供としてそれ以上に幸せなことはない。

今までも両親のことを恨んだことはなかった。
強がりでもなんでもなく
本当にいつも感謝の気持ちでいっぱいだった。

だけど

本当に本当に本当に全てのことを

水に流そう

そう無意識にだが思えたのは

おかんの言葉を聞いたこの時だったかもしれない。


今日の日記は
他人が聞いたら本当にどうでもいいことかもしれないが

30年親子をやっていて
はじめて!?
親子らしい会話をした
ある意味違う記念日にもなった。


そろそろ帰りの時間が近づいて来た時、
おかんは僕に
遺品として残っていた一面中国語の紙を
手渡してくれた。

“これしかないんだから 大切にしてよ!”

そう言ったおかんの言葉には
親父のこをと思う気持ちが
恥ずかしげもなく表れていた。


その紙一面を埋め尽くした中国語は
以下のようなものだった。


不責人小過、不発人陰私、不念人旧悪。
三者、可以養徳、亦可以遠害

功過不容少混、混則人懐惰堕之心、
恩仇不可大明、明則人起携弐之志

調べてみるとこれは中国の菜根譚という古典の中の言葉で

一つ目は他人への思いやりをうたったもので

小さな過失はとがめない。かくしごとをあばかない。
古傷は忘れてやる。
他人に対してこの三つのことを心がければ、自分の人格を高めるばかりでなく、人の恨みを買うこともない。

という意味らしい。(参照


二つ目は

功績と過失は、明確にしておくと。
もし、不明確にしておくと人間は堕落してしまう。
恩義と遺恨は、明確にしてはいけない。
もし、明確にしてしまうと、
離反するような心は呼び起こしてしまう。
つまり、上に立つ人間は、誰が見ても解り易いことは明確に
解しやすいことは曖昧にしておかないと
裏切りがおきますということ。
言い換えれば、活人の態度はいつもはっきりとしているし、
見えるのだ。(参照

という意味らしい。

これは僕にとって
何よりの親父からの遺言になった。

遺産が残るどころか借金しか残さず(笑)
気の利いた遺書も残さなかった親父かもしれないが

無意識でも意図的だったとしても
こんな言葉を親父として僕に残してくれたのなら
僕にこの言葉たちと出会わせてくれたのであれば

これ以上のことはない。

これ以上の遺言はない。

そう思った。


“そんなに好きだったのなら
別れた後、会いたいとは思わなかったのですか?”

そう僕のおかんに質問する彼女。

きっと女同士のほうが
よくわかることもあったのだろう。
二人とも目にうっすら涙を浮かべてた。

そしておかんは

“あの人は自殺という最悪のことをしてくれた
愛した人が 愛する人が
自ら命をたつ自殺なんて
これ以上に最悪のことはない

でもそれは同時に

最高のことをしてくれた
最高のプレゼントとをくれたということでもある”

そう言ってのけたおかんの力強さは

僕と彼女の心を

一気に食べつくしてしまった。


僕が受け継いでいると思われるとてつもない強さを
おかんが垣間見せてくれた瞬間だった。

そのせりふを聞いた僕は

“間違いねー
俺、この人の子だ!!”

そう改めて確信してしまった。

“あれは究極の愛”

昔のことが多少美化されていたとしても
何十年もたった今 
今という時にも
そう呼ぶことのできる愛の元に
生まれてこれたのであれば

子としてそれ以上の幸せはない。

そして

こういう形でしか母と僕のもとに
帰ってこれなかった親父だが

きっと戻りたいと思ったからこそ

無縁仏でも
弟のところでもなく

俺らのところに来たのだろう。

そう思うと

行き場を失った “悔い”ではないにしろ
僕の中でつっかえていた何かが

少しだけ癒される気がした。

愛してやまなかった母のもとに半分と

生涯あこがれ続けた中国に半身を置けた親父は


まんざら不幸者ではないだろう。


中国のしきたり通り
紙に書いたお金を今夜燃やしてあげよう。

あの世で困らないようにする中国の風習だとか。

地上にいた時のように
絶対にもうお金で困らないよう(笑)

10億円くらい送っとこうか廉

これで
大好きな甘エビとブリ照りでも食べながら
一升瓶とショートHOPEでも吸いながら
中国全土を旅してくれれば
僕も光栄です。

親父のために習った中国語は
ちょっとしか役にたたなかったけど

一緒に散骨まで行ってくれる大切な人ができたのは
きっと親父のおかげもあると思う。


親父の子で
良かった。

P4095913.JPG


2007年4月9日

万里の長城にて散骨完了

オカマとナマコとFTM

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最近すこぶる調子がいい。

卒煙の成果もあるだろうか(^^)

なのに毎晩のように飲み屋に行っている自分は
かなり勇気があると思うが(禁煙に飲み屋は自殺行為!!)

声が半オクターブくらい出やすくなったことと
全く内臓系が辛くないことを考えれば
効果はたったの1週間ちょっとでもテキメンと言えるようだ。

一日3回くらい サンドバッグを思いっきり殴りたくなる衝動と
たまに夢の中で 
目の前に煙草が次から次にあふれてくることを除けば

他はさほど辛くない。。。廉

あるおまじないに自分がかかっている以上
大丈夫だろう。

あれからニュースでもずっと取り上げられている代理出産課題や
実の母が子宮のない娘の代理母になろうとしたニュース

それから

「オカマとナマコは嫌い」、
「新宿二丁目は景観を損ねるから、オリンピックの前に景観を浄化する」
「女性が生殖能力を失っても生きてるってのは、無駄で罪です”」

とおっしゃっていた石原慎太郎氏が再度 都知事に選ばれた今回の選挙のことなどなど(^^;;

参考記事 http://www.janjan.jp/election/0704/0703312794/1.php
http://homepage3.nifty.com/hanishihara/
http://www.sensenfukoku.net/human/life.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://gayjapannews.com/news2006/news325.htm

言いたいこと書きたいことは山々だが 
今日はもう眠いので一個だけ簾

この間の ムカツクから好き という記事にて質問をしてくれたれーさん!
書き込みありがとうございます!!

(以下書き込み内容)

>けーじろーさんのファンです。今日のブログを読んで、
>ひとつ質問が浮かんだのでここに書かせてもらいます!
>もし自分の子供(血のつながり有無関係なく)が男の子だとして、
>キティちゃんや女の子のアニメなどの物を欲しがったら買いますか?
>自分らしくと言いながら、僕は買えないかもしれない…

まず

こんな僕のファンなんぞでいてくれて本当にありがとう嶺

けっこうウルウルです輦

で、僕の答えですが・・・

僕はご覧のとおり !?(かは謎ですが)

誰よりもフェミニストであり
女性差別や性差に対しての発言や取り決めに敏感でありながら

同時に

石原慎太郎、ではありませんが(笑)
古い考え方や亭主関白な部分を持っている人間でもあります。

両方が本当の僕であり
両方とも本当の僕でないような気もします。

もしも息子が キティちゃんを欲しがったら

きっとフェミニストな部分の僕は

“男とか女とか 性的役割分担も 押し付けるべきものでもなく
一人の人間として 平等に機会を与えたい" 

こう思いながら キティちゃんをあげようと思い

その一方で

古い魂の保守的で頑固爺な僕は

“男の子がそんなもんいらんやろっ!" 

そう 石原都知事のように(←僕しつこい!)

“私はピアスを男がしているのを見ると嫌な気がする“(参照

に似た発言をしているかもしれない。

そして その状況に直面しない限り
実際にどういう行動や言動に出るかは
誰も知る由のないこと。

ただ僕は

もしその場で
“そんなもんいらんやろっ“って言ってしまったとしても
夜枕元にキティーちゃんを置いておいてあげられる親父でいたい。

そして翌朝

“パパにもちょっと貸してくれ”

と言っちゃえるオチャメなオヤジでいたいかな(笑)

自分に対してはどこまでも頑固でも
人に対してはどこまでも柔軟でいたいし寛容でいたい

けっこうそんな風に日々思っているのかも。
 
どんな状況でも
どんな言いにくいことでも
どんな相談しづらいことでも

本当のことを
本音を言いたい!

そう思ってもらえる親でいれたら本望。

そして自分の子が

何を好きといい
何を欲しいといい
何をしたいと言っても

最大限理解しようとつとめ
最後まで味方でい続ける

それくらいしかできないと思っている。

いくら親だろうが子だろうが
本人以外に本当の気持ちはわからない。

だからこそ

僕自身の古臭い部分を無理に変える必要もないと思っているが
子供や自分以外の人間の 自分とは異なる部分も
変えようとも攻めようとも全く思わない

俺は俺だが
お前もお前だ

だけど俺はお前を愛しているし
互いの違いを尊重しあえばいい

[臭すぎた!(爆笑)ほんと失礼!!!嶺嶺]

でも 

そんな奇麗ごとは無理だと誰に言われたとしても

できる限りそういうスタンスでいたい。

だから 

自分の行動に腹をくくれるなら
好きなように生きろ

そうとだけ伝えたい。

それが

僕の遺伝子を持った子でも
彼女の遺伝子を持った子でも

たとえ

二人の遺伝子を持っていない子だとしても

かわりはない。

なんか スケールの大きい答えになっちゃいましたが

それに

こんなとこで政治っぽいことを論争するつもりもなかったのですが

ブラックバラエティーな感じは
僕好きなので(笑)

今回も石原氏が当選したものは当選したんだし
何も先ほど掲げた事項だけが判断材料ではないし(と思いたい)

石原氏の都政の中でも
かすかなスキマを見つけてなんとかどんなマイノリティーにも
平等な機会と権利だけは保障されるように

諦めるのではなく
たとえばこのブログを続けるとか(^^)
でいいから

何かを発信し続けたり
自らも行動し続けることが

やっぱり一社会人としての

責任だったりするんかなー (なーんて)

結局は選んだ人がいて
選ばれた人がいるわけで

もう少し僕も
多方面から色々勉強しないと!

背中を見て生き様だけで子が育つような
そんな親にできればなりたいっすからね!!!!!


そして


妻と子供のためなら

なんのためらいもなく

いざとなればこのブログの内容を見事に裏切ってでも

必要ならば

ホルモン治療だろうが体外受精だろうが戸籍変更でも何でもして

心のままに全力で

家族を守ることができる親父でいたい。

ありとあらゆる僕の理想論と
ありとあらゆる僕の蓄積はとてつもなく大事かもしれないが

最後の最後は


ハートで動ける人間でい続けたい


これが今の僕の心の心境です(^^)


勘のいい方ならとっくにわかるだろうけども

こういう風に僕を思わせちゃっている素敵な女性が
今僕の傍に 
いてくれてます。

今日はここまで列

ブログセラピー

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本日2007年4月4日

けーじろーは

喫煙を卒業しました

ホル注は体に悪いからな・・・なんて言ってるくせに
タバコすってたら すんげー意味ないと思いました。

ここで公言して辞められなかったら

男!? ではなく FTMの恥じゃ(笑)
という位の気持ちです廉



ではでは!
同じく辞めたい人 いっしょに卒業しましょー裂

ムカツクから好き

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精子バンク・・・代理出産・・・人口受精

最近このような言葉を良くテレビでも耳にする。

もちろん CNNのように 
Homosexuality とか Same Sex Marriage は
都知事選が近いというのに ほっとんど出てきませんが(笑)

まあ それはさておき

先月芸能界を引退された 飯島愛さんの 

"精子バンクで出産考えた。 ハーフがいいなぁ・・・“
“若い卵子を保存すると20万くらいかかる・・・“

というTBS系のサンデージャポンでの引退特番での発言と

向井亜紀さんの 出生届は不受理 !
というニュースが最近では目だったところだろうか。。。

ここでの判決は

「民法の解釈では、代理出産で生まれた子の母は出産した女性で、卵子を提供した女性ではない」と、
生みの親が母親との判断を初めて示した。

これについて、
僕の見解を述べることは安易な発言はしたくないので
今日は省略するが・・・
(てかそもそも、裁判すること?みたいな気持ちもあるが・・・)

正直な所、

最初に向井さんが代理出産のために渡米したと知ったとき、

僕はそこまでして自分達の子供が欲しいのか。。。。

どうして養子をもらおうとしないのだろう。。。。

困っている子供たち、
既に生を受けて家庭を望んでいる子はいるのに。。。。

そう思っていなかったと言えばうそだ。

だから、本当の所、
当初は心の底からは応援できていなかったというのもある。

しかし

人は変わるし 考え方も変わる
それは自身のGIDの治療に関してだってそうだし
世の中や様々な物事に対する味方もそう。

それが生きている = 変化し続ける

ということの証。

以前、僕がサンフランシスコの不妊治療の会社で
働いていたにもかかわらず

そこまでして自分達の "遺伝子”を継承することや
"子供を持つこと=幸せ” と信じてやまず!?かは知らないが

大金をはたいて
不妊治療にこられる方のことを少々滑稽に思っていた時期もあった。

彼らを笑顔で案内しながらも
丁寧な運転で空港と病院の送り迎えをしながらも

僕は生意気にも心の中で

“執着を捨てろ!!!“ 
“固執するから余計生まれないんだよ!”
“人類みな兄弟だろ!!”
“本当に愛情があるなら養子でも育てられるだろ!”

などと”

と糞生意気に心の中で思っていた時期もあった。

だけど
だけどね

僕だって 自分の遺伝子を持っている子供なら
当たり前だけど欲しい!

もし愛する人との間に生まれる子なら
その何百倍も欲しい!

これは多分理屈や道徳や倫理や理性とか抜きの

もう こればかりは

どうすることもできねー 

パッションですよ

でも多分

僕はそれまで女の人しか愛せなかったし
僕の肉体は生物学的には女で 
あいにく 精子をプロデュースしてないし廉

まさか体外受精や人工授精 代理出産なんて
自分の親や相手の親には口が裂けてもいえないだろうし・・・・

っていうところからの

もしかすると諦めの境地にいたからこそ

“遺伝子にはこだわりません獵"

なーんていう

さも理想的な

さも革新的なサンフランシスコの大学で教育されてきました的な

非保守的な発言をしていたのかもしれず・・・

本当のところは

そうやって美しい言葉や新しい考え方にでものっからないと
やってられないくらい本当は辛くて

それで
そういうことにして無理矢理

“解決”

させていたのかもしれない。

あーー いつになく
わっかりづれー 文章(笑)

だって

やっぱり

できることなら
子供は欲しいし秊
好きな人の子ならもっと欲しいし
二人の遺伝子を一気に埋め込むことは無理でも
いっしょに育ててくれる人がいるなら
家族を持ちたいし

それらを守るために
必死に働きたい!

それが僕にとっては
何よりの生きがいや
働く意味になっていることに

実は最近気がついてしまって。。。。

守るとか守られるとか
養うとか養われるとか
そういうの はーーー?とか思うようにして生きてきたけど

僕 魂はかなり

実は古いので(笑)

本当のところ
好きな女と子供を養いてー!

とか思ってたりするんですよ(^^;

(え?その収入で?とか突っ込まないで下さい・今は)


だからかな・・・

向井さんのニュースを聞いたときも

彼女の知名度
彼女の影響力を考えたときに
自らに浴びせられる批難をも省みず

自分のできることを最大限頑張って
何かしらの突破口を開こうとしている姿をみて

別に代理出産が 体外受精が
誰の卵子だ 誰の精子だ

というのとはまったく別の意味で

本当に応援したくなった。

というか  凄い!と思ってしまった。


賛否両論は物事にはつきもの。
特に伝統に挑戦するときは時間も労力も周囲の賛同も必要になる。

しかし


みーーーーーーーーんなが

今までどおり
大多数のとおり

を続けている限り
ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと

なーーーーーーーーーーーーんにも変わらない。


それって
いい悪いじゃなくて
バランスが悪いっていうか
単に

無理なんじゃない?

とか思ってしまう。

だって過去の歴史を見ても
変わりつつ変わらない
変わらなそうで変わり続ける

みたいなのの繰り返しだし。

病気にしても何にしても
次から次に何かしら生まれてくる。

一つ解決するとまた次に何か沸き起こって

ほんと いたちごっこ。

だけど それぞれの場所に
それぞれのポジションで生まれてきて

唯一できることは
それを全うすること。

そこで 生きてくってこと。

そして

それを楽しめるだけの
ツールを
実は持ち合わせているのだろうということに

気付けるか気付けないかという違いだけ。。。

なーんちゃって。
かっこつけすぎた。

俺の大嫌いな

細木かずこ様は
あいもかわらず

女は 生む (家を守る)
男は 狩に出る(外で働く)

のが本能で 幸せと Smapのスマスマあたりで
昨日もおっしゃっていましたが

確かに僕は細木先生のお考えには腹が立つこと
多々あります。

でも

多分僕のブログを読んで
ヘドロが出そうな人たちと同じような気持ちを
きっと僕は彼女に抱いているのだろうけれど

それってもしかすると

それだけ

“むかつく分 気にもなる”

っていうのがあるような気がして

どういうことかと言うと

最近は自分の中に

まるで

右翼と左翼がいるような (←今日はどうも政治的)

ってか 誰でもそうなんだろうけど

理性と感情があるのといっしょで

男性と女性の部分を持っているのといっしょで

なんか

何かを思ったり考えたりしているときって

自分の意見や見方 価値観はもちろんあるんだけど
だけど同時に
矛盾してるかもしれないけど

その逆も同時に存在しちゃっているのではないか・・・

そんな風に思い始めました。

ややこしいっすね。
すみません。

もっと簡単に言うと

遺伝子とか男とか女とか
こだわらないで執着しないで
気持ちとか愛情とか思いやりとかで
男女関係なく幸せに自分らしく生きて生きたい

と思うと同時に

自分の遺伝子を持った子供はやっぱり欲しくて
できれば自分は男らしくありたいし
彼女には女らしくいて欲しくて
割と古風な昔ながらの幸せのカタチで生きて生きたい

とも思っているわけで。

これってすごくないすか????

自分的には

けーじろー 不思議発見列 な世界なわけで

だけどすげー楽になった。

両方思っててもいいじゃんか!

って。

するとますます他人を批難する意味もなくなるし
違う意見を批難する意味もなくなった。

そんな気がする今日この頃です。

最近テレビで話題の橋下弁護士。
細木の次に嫌いな人(てことは気になってるんだろね~)
もうすぐ子供が7人目?できるとか(^^)

“女は女らしく 男は男らしく“

という子育ての方針らしいが

確かに僕はこれを幼少の頃求められたら辛かった。
だって、女らしさを求められるたびに
気が狂いそうだったから。

なんで僕が女なの??? って。

だから自分の子にはしまいと思った。

もちろん今でも

その子らしく!
自分らしく!

が基本のつもり。
というかそれ以外は興味ない。

だけど

彼女になる人には古き良き時代の女性らしさを求め

自分は日本男児としての美学を貫きたい(笑)

とも同時に思っているわけで

こりゃもう

収集つきませんな(^^)

僕だけかな

こんなのは(!?)

さ、

人生初! 

選挙に行って来ますか!

P.S.
飯島愛さん!
芸能生活お疲れ様です!

もしシングルマザーになられたら
めちゃめちゃ応援したいです!

ああいうのサラーって言える愛さん
そして
その裏にある本当の思いと優しさ

伝わる人には伝わっていると

僕は思います。

ありがとうございました。

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