ちょうと一年前の2月1日に
僕は日本に帰国した。
あれからちょうど一年、
昨日一年ぶりにサンフランシスコに
出張で戻ってきた。
びっくりする程
何もかもがあのときのままで
まるで昨日まで自分がここに
住んでいたのではないかと錯覚してしまう位
感動するどころか、超自然に馴染んでしまった。
普通にスーパーで買い物をして
普通に昔通っていたデパートの店員に再会し
普通によく行ったシーフードレストランに行って
なんだかあれから1年経ったというのが
全然信じられない感じでした。
さすがに7年も住んだ街だけあって
肌に合うというのか・・・
あまりの違和感のなさに
逆に少し違和感を覚える程だった。
帰国するときは あれだけ日本に帰りたかったのに
久しぶりに戻ってくると
案の定 悪くない。
ほーら見なさい!戻りたくなったでしょう~(^^)
と言わんばかりの社長の顔が目に浮かぶ。
いつもサンフランシスコを絶賛する社長のことを
少々遠い目で見ていた僕だったが
彼女が50歳を過ぎたら
一年の半分は海外で過ごす!
といって、半ば実践している彼女の気持ちが
いつになく理解できてしまった気がする。
僕の場合は まだ日本の生活が真新しいのもあるが
年に1-2ヶ月は
海外でのんびり・・・ちょっと仕事もしつつ・・・
なんていうのもいいなと改めて思いました。
ちょっとだけ変化があったとすれば
街中にいたホームレスの数が減ったような気がするのと
街がやや綺麗になっていた気がしたことだろうか・・・
霧がかかるひんやりした気候も
3歩歩けばゲイに当たる環境も
まだ食べてるのにお皿をさげられちゃうウェイターの習慣も
金をくれと言われて断ったら Fuck!Fuck!と罵倒されるのも
本当に以前と同じで(笑)
とっても懐かしい気がしました。
9月の上海出張といい
今回のサンフランシスコ出張といい
まだ社会人1年生の僕に
2度も機会を与えてくれた今の会社には
本当に感謝せざるを得ません!!
この場を借りて ありがとうございます。
学生ビザで ビザを気にしながら
働いていたときは
やっぱり日本に帰って堂々と仕事したい!と
思ったけれども
もしも駐在ビザとか労働ビザがおりて
仕事に集中できる環境があるのなら
もう一度くらい海外で仕事をしてみるのも
悪くないかな~なんて
ちょっとだけ思ってしまいました。
でももしそんな機会があったら
今度はできれば
同姓結婚が合法な国
同姓カップルでも(子供)養子の両親になれる国!
にて生活がしてみたい!
そういうささやかな希望はあります。
別に結婚に固執するとか
そういうのではないし
同性愛者!?という認識のない僕にとっては
あまり意味のないことかもしれないが
一番見てみたいのは
そういう国の子供達が
様々な環境の家族のもとで
どんな風に暮らしをしているかということ。
だってもしも!
なんらかのきっかけ?なりで
僕が子供を持つ親になることがあったとしたら
治療をしていない僕は
戸籍上でも身体的にも傍目にも
男親ではないわけで
僕自身はぶっちゃげ何を思われても構わないけれど
もしも日本社会で子育てするとすれば
僕とその相手(間違いなく女)と子供の関係・・・
というのは非常に微妙なものになる。
遺伝子的な問題
戸籍上の問題
世間体の問題
子供や学校への説明の問題
とにかくありとあらゆる不便さがつきまとう
子持ちシングルマザーのFTMの恋人?になるのか
二人のお母さんっていう風にうつるのか
養子縁組をしておばちゃん扱いになるのか
本当は
俺らなりの家族
なんてかっこいい言葉で済ませられるならそうしたいが
現実には乗り越えなきゃいけないことが山積みだ。
だけど
だからこそ
新たなる歴史の1ページを
自らの手で書き加えてみたい気もする。
単なる自分の欲求のためとか
独りよがり的な欲望で
異性愛者じゃない人が子供を持つなんてやめろ!
子供を不幸にするだけだ!
この自分勝手ものが!!!!
こう罵倒されたとしても
仕方がないだろう。
だけど
僕みたいな人が 子供を持ったり
育てたりすることイコール
不幸とかわがままとか・・・
子供がまともに育たないとか・・・
そういうことを決めつけることのほうが
自然じゃないような
そんな気がしなくもない。
新たな試みをするときは
もちろん厳しい目や冷たい目で見られることもあるだろう。
だけど
それを払拭する唯一の方法は
いい意味で見返すしかないのだと思う。
久しぶりにサンフランシスコに来て
やや大きく出てしまいましたが(笑)
この出張もまた
いろんなことを感じ、考える
素晴らしいきっかけになりそうです。
今回一緒に出張に来た同僚3人の
一生懸命前向きに取り組む
姿勢や発言を見たり聞いたりしたら
改めて
いかに前向きでいることが大事で
いかに自分が社会人として未熟なのか
よーーーーーーーーくわかりました。
僕が12歳のとき
中学入学を目前に控え
心に誓った3箇条というのがあった。
それは
たとえどんな時でも
どんな状況のときでも
人の悪口は言わない
後ろ向き発言はしない
そして
感謝の気持ちを忘れない
というものであった。
シンプルかつ当然のことなのかもしれないが
あらためていかに大事なことかを再度実感した。
最初は形から入っただけだったけだし
人間だから100%は守れていないだろうけど
今じゃ無理してネガティブ発言をしても
反対にできなくなっていたというか・・・(笑)
上記3箇条
18年前からできるだけ実践するようにしてから
僕は友人知人 ありとあらゆる出逢いに
奇跡かと思うくらい
恵まれ続けている。
僕は本当に毎日が幸せだ。
シンプルなことかもしれないけれど
もし子を持つ親になったら
この3つだけは
伝えたいと思う。


















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三箇条、僕が実践するのは少し難しいのですが、そんな風に生きていけたらと思います。けーじろーさんが幸せでよかった!!
けーじろーさんの3箇条いただきです!!
毎日幸せって言えるけーじろーさんほんとに素敵です(*^^*)
確かに うちのガキどもは
まともに育っていないと言われても
いたしかたない現実^^V
初カキコ。
サンフランシスコいいなぁ~。
私の場合は3年ぶりぐらいに行った時に、powellのBofAがお洋服屋さんになってて少し残念だったよ。
でも、それはそれで変わっていく様を見るのも何だか楽しかったけどね~。 3箇条は釈迦そのものって感じやな♪
けーじろーさんのところに舞い降りる子どもさんは、きっと極上に幸せな人生を送りますよ!
近い将来、そんな幸せな報告を心待ちにしています☆(^ー^)
「同性愛」は タヒチ 期間限定 こぼれ話 の場所 月に最悪記録と サイエンス 今回の最高裁による判断で 今日の朝刊 報道
けーじろーさんの日記を読んでいると、15年前に戻りたくなります。
私が、多分いつか死ぬときに「一生涯で一番愛した人は誰か」と聞かれたら迷わずに名前を言える彼はFTM(当時はそんな言葉もなかったので、おなべさんでしたが)でした。
チェッカーズ時代のフミヤに似ている彼は、私と付き合ったことで自分が体、戸籍の面で男ではないということを凄く苦しんでました。
私も何度も泣いて「ほんとの男の子だったらよかったのに」と言ってしまっていました。
彼は結局FTMでいることに、私と一緒にいることに疲れてしまって、男性と付き合って結婚し私とは別れたのですが(現在はお母さんになっているようです)。
別れる前は性転換したいと言っていた彼を私は止めました。
だって体に負担がかかる。痛い思いをさせたくない。
私は彼が大好きで大切で可愛くて仕方がなかったから、彼の体に大きな傷が出来て、痛い思いをするのがどうしてもいやだった。
私はありのままの彼が好きだったので、別に体はもうどっちでもいい、ただいてくれるだけで、抱きしめてくれるだけで涙が出るくらい幸せだったので、これ以上彼に何を望むの?と思って。
けーじろーさんのブログを読むまではずっと思い出しては後悔したり、悲しくなったりでしたが、
今はっきりと、彼の体をいじったりしないでよかったと思います。
支離滅裂な書き込みですみません。