余韻

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2007年2月1日午後13時17分

一本の電話が鳴った。


“あ、おかんだ”。


緊張と覚悟が一瞬走るが
満を持していつもどおり電話に出た。


“あ、もしもし~ 元気~?
ありがとね。届いたよ~。ありがとね~”


と母。

僕のカミングアウトの手紙と本、図書券、
そしてドイツのワールドカップに行ったときの写真は
昨日の夕方のぺりかん便で届いているはず。

気の利いたせりふや言葉など
全く用意していなかった僕は
少々焦りながらも 
何か先に言わなきゃと本能が働いてか

すかさず

“本、楽しんで読んでね!”

と言った。

すると母は

“もうほとんど読んじゃったわよ!一気に読んじゃったわよー♪
すごく面白かったわ!!”


“え!?もう読んだんかい(^^;)”

と僕。

さすがは読書家。
内心そんなことだろうとは思ったけど・・・

“じゃあ、図書券でまた好きな本でも買って読んでなー”

と言うと

“うん、良かったわ♪ありがとう。本当に楽しませていただきました”

と母。

そしてすぐに自分の話に(笑)

“彼とは相変わらずで、私の理解の範疇を超えてるわ~♪
出てく出てくってまだ出て行かないし・・・(苦笑)”

と母。

あーそう(笑)
いつものことね。
まあ、僕は見守るだけですけど・・・(^^;;)

で、ぺらぺらと3分ほど彼とのことを話したあと、

そして最後に

“また進捗があったら報告しま~す♪”

と。


“はいよ”

と僕。

そして5分ほどの会話は終了した。

終了???!!!
と思いつつも

一瞬胸を撫で下ろす。

というか

めちゃめちゃ胸を撫で下ろした

ヒューーーって音が聞こえるくらい。(笑)


想像通りと言えば、想像通りの反応だったけれど
やっぱり昨日の夕方から今日の昼までは
いつもよりも長かったように思う。


自分自身がほっとしたとか楽になったとか

そういうのはもちろんあるけれど

なんか知らないけど


ただただ嬉しかった。

おかんと僕の間にあった
決して悪いものではないけど
なんかオブラートのような薄い膜がとれ
見晴らしも風通しも良くなった

そんな気がした。


色々大変だったわねと同情するわけでもなく

しめっぽくひたるわけでもなく

何かを聞くでも言うでもなく

ただただ ありがとうとだけ電話をくれたおかん。


きっと

僕がさぞかし照れ臭いだろうと察していたから

必要最低限の言葉で

だけど

唯一必要な愛のある言葉をくれた。


まるで

過去も現在も僕という人間自体も

全てを察した上で

電話をしてきてくれたようにも思えるし

でも逆に

実はそこまで何も考えてないのかも(^^;

ていう可能性もあるし。


だけどそれはどっちでもいい。

だってそもそも僕は

“理解”などというものは
人はそれぞれ違う考え、価値観、信念のもとに生きているのだから
これっぽっちも誰かに要求するつもりもないし
もちろんたとえそれが肉親であろうとも
母の価値観や信念に挑むつもりもない。

別にそれは
諦めや逃げという感情から
投げやりになっているのではなく

むしろ逆で


“人はそれぞれだ”


ということを
僕自身が本当の意味で
知ることに意味があると思うから。

頭の中での “人はそれぞれ”
は結構浸透しているだろうけど

僕でさえ骨の髄までは・・・と考えると
正直まだまだまだまだまだまだだ。

だから油断するとつい

人は説得にかかってしまう生き物なんだと思う。


カミングアウトしたり
何かの権利を訴えたり
誰かの何かの承諾や賛同を求めたり・・・

これらは全てHappyになるための一手段であって
これらの内容を理解してもらうことが
目的ではないはず。

日々互いが楽しく生きていけるのであれば
必ずしも皆が
同じ価値観や考え方を持っていなくてはいけない
必要性はないと思うし
みんなに自分を理解してもらう必要性も皆無なはず。

むしろ色々なものを共有したり交換したりしながら
あーだのこーだの言いながらも
違いを楽しむ生き方のほうが
僕は個人的には好きだし
自然なんじゃないかな~とも思う。


自分と真っ向から違う意見を言う人がいても
自分に牙を向ける人がいても
それを敵だと思って戦いたくはないし
むしろ興味と関心を持って

知る・聞く 

の姿勢でいたいと思っている。


自分自らが
自分と違う価値観や考え方、信念を否定するということは
自分自らを否定することと
同じだと思うから

無知と無視は
尊重につながり難いと思うし
不必要な偏見や差別に
つながりかねないと思うから

どうせなら
自分のことも知り続けたいし
他の人のことも知り続けたい
自分にも他の人にも
バイアスフリーに生きたいと思うな~


数え上げたらきりがないくらい
うちのおかんはだらしないとこも山ほどあるけど(^^;
ほんと 
例え13歳までしか一緒に住んでいなかったとしても

やっぱりおかんなんやなーと

今日はつくづく思いました。

おかんにしかできない
またおかんだからしっくりくる
最高のカミングアウトへの対応だったと思う。


何かを無理しているわけでもなく
超、自然体なところが
彼女の最高の愛の形なんだなって思った。


僕は本当に本当に幸せ者です。

これも本当にみーんなみんなのお陰だと思っています。

暖かく見守って下さった皆様!

本当にありがとう!!!!


こんなに最高のリアクションを頂けたのだから

自分にできることはやってやろう!

そう改めて思いました。

なんだかあっけなくて!?
逆にあまり書くことがなくて
本当に申し訳ないのですが

今日の今日だけは

もう少しだけこの余韻に


浸らせて下さい(^^)

29年間背負ってきた何かから開放・・・なんて言うと
重たくて大げさではあるけれど

僕にとって2月1日は

生涯忘れることのできない特別な日となることでしょう。

photos by keijiro

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