最近黙々と誰とも話さず
会社でもパソコンに向かって作業をしている僕は
あまり前頭葉を使っていないのか
頭と心がボーっとしている気がする。
が、めげずに今日も記事を書くことにしました。
FTM(GID)の治療について体験/意見下さい
の記事に頂きましたコメントたち、
全部のコメントを何度も何度も読み返しました。
今日は鼻中隔さんから頂いたコメントの中の
QOL(Quality of Life)・・・という言葉
そしてしっかりとしたお考えがとても心に残りました。
僕も
治療の副作用を恐れるあまり、生き方を極端に制限されて苦しむよりも、
リスクを背負っても活力ある生を全うする方が幸せかもしれない・・・
という考えは、僕もとっても納得です(^^)
すごい知的な文章を書かれて尊敬です!!
僕も不自由?な体を
義足や義手、などをつけて補っていくことは
むしろ自然なことなのかもしれないし
人間の本能的な欲求なのかと思う。
できる限り不便のないように
生きる権利はあると思う
だけど誰しもがそれを手に入れられる
手に入れようとできる環境にいるわけでもなくて
色々な事情や 金銭的な問題でやむを得ず?!かはわからないが
手がなければ足をつかってとか、口を使って補う方法もあるし
必ずしもないものを人口的に補わない方法もあるっちゃあるのかな・・・と。
もちろん技術や医学の進歩の協力のもと、
ないものを手に入れて生きていく方法もある
もちろんそれにはリスクも伴い
お金もかかるけれども。
だけど自分の手が不自由 足が不自由なことの中に
何かを見出し意味を見つけ
その状態で生きていこうとしたって
それはそれで不自然とは言えないような気もする。
様々な価値観の人が共存する
社会とともに生きていくことは
そんなに容易ではないし
全ての人の理解を得られることなんて
どんな何不自由なさそうな人間だとしても無理だろうし
極端な話
もしも手術をしなければ生命の危機になるとしたって
それを寿命ととらえて治療をしない生き方の人もいるし
限界まで延命しようとする人もいる
どっちが良いかなんてことは到底
判断できることではない気がする・・・
だけどどの選択も尊重されるべきだとは思う。
僕は風邪薬だって痛み止めだって飲みたくない
できる限り 自然治癒?を好む
幸か不幸かとっても原始的な人間なので(笑)・・
もしも僕のような人間に対して
世の中の理解がどれだけあったとしても
きっと自分自身の体に納得はできないだろうし
男になりたい気持ちはぬぐいきれないと思う。
それがDNAに組み込まれたものなのか
母体で受けたホルモンの影響なのか
それとも全て後天的な要因なのかは別としても・・・
そのこと自体が 世間どうのこうので
100%解決することはないと思う。
社会という集団の中で、世間というものの中で生きてはいるけれど
きっとどこにいても変わることのない
生まれ持った僕という個人や個性はきっとあるわけで・・・
社会や世間が影響を及ぼしきれない部分は
なんとなくだけどあるような気はする。
だけれども この体のお陰で
何か1%でも 人の痛みがわかる人に近づけるなら
無駄ではなかったと思いたいけれど(^^)
会社で書いている手前
いつもよりも走り書きで
乱筆乱文あしからず。
とにかく
自分が納得できる人生に
できたらと思いますよ(^^;;
全然最近の僕じゃ無理っぽいけれどーーーー
焦らない焦らない
と言い聞かせては
けっこう焦る僕なのでしたぁ・・・・・・・・・・・















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