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2006年10月アーカイブ記事一覧

QOL(Quality of Life) 

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最近黙々と誰とも話さず
会社でもパソコンに向かって作業をしている僕は
あまり前頭葉を使っていないのか
頭と心がボーっとしている気がする。

が、めげずに今日も記事を書くことにしました。

FTM(GID)の治療について体験/意見下さい
の記事に頂きましたコメントたち、
全部のコメントを何度も何度も読み返しました。

今日は鼻中隔さんから頂いたコメントの中の
QOL(Quality of Life)・・・という言葉
そしてしっかりとしたお考えがとても心に残りました。

僕も

治療の副作用を恐れるあまり、生き方を極端に制限されて苦しむよりも、
リスクを背負っても活力ある生を全うする方が幸せかもしれない・・・

という考えは、僕もとっても納得です(^^)
すごい知的な文章を書かれて尊敬です!!

僕も不自由?な体を
義足や義手、などをつけて補っていくことは
むしろ自然なことなのかもしれないし
人間の本能的な欲求なのかと思う。

できる限り不便のないように
生きる権利はあると思う

だけど誰しもがそれを手に入れられる
手に入れようとできる環境にいるわけでもなくて
色々な事情や 金銭的な問題でやむを得ず?!かはわからないが
手がなければ足をつかってとか、口を使って補う方法もあるし
必ずしもないものを人口的に補わない方法もあるっちゃあるのかな・・・と。
もちろん技術や医学の進歩の協力のもと、
ないものを手に入れて生きていく方法もある

もちろんそれにはリスクも伴い
お金もかかるけれども。

だけど自分の手が不自由 足が不自由なことの中に
何かを見出し意味を見つけ
その状態で生きていこうとしたって
それはそれで不自然とは言えないような気もする。

様々な価値観の人が共存する
社会とともに生きていくことは
そんなに容易ではないし
全ての人の理解を得られることなんて
どんな何不自由なさそうな人間だとしても無理だろうし

極端な話

もしも手術をしなければ生命の危機になるとしたって
それを寿命ととらえて治療をしない生き方の人もいるし
限界まで延命しようとする人もいる

どっちが良いかなんてことは到底
判断できることではない気がする・・・

だけどどの選択も尊重されるべきだとは思う。

僕は風邪薬だって痛み止めだって飲みたくない
できる限り 自然治癒?を好む
幸か不幸かとっても原始的な人間なので(笑)・・

もしも僕のような人間に対して
世の中の理解がどれだけあったとしても
きっと自分自身の体に納得はできないだろうし
男になりたい気持ちはぬぐいきれないと思う。

それがDNAに組み込まれたものなのか
母体で受けたホルモンの影響なのか
それとも全て後天的な要因なのかは別としても・・・

そのこと自体が 世間どうのこうので
100%解決することはないと思う。

社会という集団の中で、世間というものの中で生きてはいるけれど
きっとどこにいても変わることのない
生まれ持った僕という個人や個性はきっとあるわけで・・・

社会や世間が影響を及ぼしきれない部分は
なんとなくだけどあるような気はする。

だけれども この体のお陰で
何か1%でも 人の痛みがわかる人に近づけるなら
無駄ではなかったと思いたいけれど(^^)

会社で書いている手前
いつもよりも走り書きで
乱筆乱文あしからず。


とにかく
自分が納得できる人生に
できたらと思いますよ(^^;;

全然最近の僕じゃ無理っぽいけれどーーーー

焦らない焦らない

と言い聞かせては

けっこう焦る僕なのでしたぁ・・・・・・・・・・・

犬は天使だ← 怪しい・・・・

| コメント(1)

様々なご意見、貴重なお言葉本当に有難うございます。
自宅のネットがつながらないため
会社で(失礼!)ちょっとだけコメントに
返信・・・させていただいています。

僕も皆さんのコメントを読みながら
友人や知人、大切な方々に相談しながら
そして自分自身で調べながら今日までこの体で生活しています。

治療に踏み切る、とどまるにせよ
どっちかの道だけが正しいという事ではないけれど、
最近つくづく思うことは
僕が女の体でいようが、男に近づこうが
結局はどの体の状態でいても、投げやりにならないで、
今のこの瞬間を何よりも大切にしたいと思うし、
自分のできる範囲内のことを精一杯やっていくことしかないような気がします。

現在の法律に苛立ちを感じたり、どうにもならない壁や難問で、
本当に本当に空気を吸うことすらつらい日がないといえば嘘ですが、
箸が転がるだけで楽しいこともまだまだいっぱいあったりして(^^;

だから僕は自分がどんな道を選んで、どんな風に生きていくにせよ、
たとえ理不尽なことがいっぱいあったとしても、
そんな世の中に支えられ、
その世の中に共存している皆に支えられているわけで、
人間欲を言ったらキリがないけれど、
できることを、今やれることを、
そして自分がしたいことを一つ一つクリアしていけば、
きっとその先に何か見えてくるような気がしました。

人はいつだって、いろんなものに包まれているときは、
欲しいものが当たり前に与えられているときは、
それ自体に感謝することも忘れてしまうけれど、
当たり前だったものを失いそうになった時に、
本当に何が大事なのか再認識したり、
自分の本当の気持ちが見えてくるもんだったりする。

僕は最近僕の息子(愛犬)に色々なことを
教わった気がした。

彼は例え僕が何を思っていても
僕がどんなに機嫌が悪くても
どんなに悲しい顔をしていても
たとえどんなに彼にとって残酷な事を思っていても

絶対に絶対に何一つ文句を言わない。

というか
言えない。

人間同士なら 互いに傷つけ傷つけられて生きていくことも
避けて通れないことだけれど
彼らは お願い一つできないでいる。
意見一つ言えないでいる。

それなのに無償で

毎日いっぱいの愛情を僕らに注いでくれ
毎日いっぱいの笑顔をくれて
毎日いっぱいのやさしさをくれる

人間なら自分の力で生きていくこともできるし
人間なら住む家や住む相手を選んだりできるけれども

彼らには何一つ選ぶ権利はない。

100%親である僕らにゆだねられている。

彼らは

100%僕らを信じている。


人間はもっと複雑な生き方を無意識に好むから
そんなきれいごとだけはで生きていけないのが
現実なんだろうけど

僕は今一度
何かを教えられた気がした。

与えられた家族
環境、境遇・・・・

その中で何一つ不満も言わず(あるんだろうけど(^^:)
精一杯の愛情を周囲に振りまいて
生きていく彼の姿を見ていたら

少しだけだけど

何かをどうにかしたいっていう欲望より

ほんの少しだけ今に感謝できるような

自分を発見できた気がした。

FTM(GID)の治療について体験/意見下さい

| コメント(15)

お久しぶりでございます

はいはい。なんとか生きとります。
まあ人生色々あるもんで
ここ1ヶ月余りはなかなか濃度の濃い
如何せん浮き沈みの激しい日々を送っておりました。

そんなわけで僕のブログ読者の中には

最近けーじろー暗くね???

なんて敏感に感じちゃった方もいるかと思いますが
まあこうやってブログを更新できているという
素晴らしい現実にご安心を(笑)

この一週間にやった事といえば

ホルモン治療に関するリサーチだったり
診断や副作用、様々な方の治療体験談を読んだという
ことでしょうか・・・

え???

けーじろーが男になる???

まあまあまあ(^^;

ええ、確かにこの度いつになく真剣に悩ませて頂きました。
そしていつになく真剣に調査させて頂きました。

結論???

そんな10年以上出ない結論が
この1週間で出るわけもないのだが

一つだけ変ったことと言えば

今までは

なんだかんだ言っても健康第一!
五体満足な体に傷をつけられない・・・

ということが頭の大部分を占めていた状態から

人生は長さじゃなくて 生き方だったり
どう生きたかだから
せめて生きている間は
僕にとって 僕らにとって
そして僕らと一緒にいるパートナーに対して
より負担の少ない生き方を選ぶのも
ありなのかな・・・と
少し考えを改めた。

別に死んでからのことや
死ぬことを考えて生きても仕方ないのだから

限られた人生の間に
少しでもなりたい自分に近づくというのも
また生き方なのかなと

思えるようになった

随分急な???

そうです。僕は極端な人間なので。

思い立つと考えが変るのも早い(笑)

毎日毎日
女子便行こうか 男子便行こうかと悩んだり
ナベシャツ着るか 胸がわかるようにブラをするか悩んだり
自分のことを あたしって呼んだり 僕って呼んだり
俺って呼ぼうか悩んだり

そんな小さなことで 生活の一部を確実に拘束されて
いらないストレスを感じ

そして 
僕と一緒にいる人間が
多少でも奇異の目で見られることがあって
それが相手にとって負担になったりするのであれば

生きている間
普通の生活の間の
そういった些細かもしれないけれど
積み重なる苦悩だったり負担を
もし治療をすることで
見かけ上だけでも変えることで
ほぼ解決することができるのであれば

それもありだな・・・・

そんな風に思えてきた。

もちろん根本的な考えは変ってません。
男とか女とか
そういう2分法に対する違和感だったり
何がスタンダードとかって決めたりすることが
いかに人間のエゴとか自己満足っていうか・・・

そういう根本はかわってない。
僕はあくまで
全ては

自由

だと思うから。

だけどそういう理論的なものや理想とは別に
しっかりと今目の前にある現実というのも無視できない。

僕だって
堂々と手をつないで
堂々とカップル特権を手にいれたり

そんな小さなことに憧れる。

横に歩く人間に
僕がこうであるが故の負担を
背負わせるのはどうかなと・・・

それに何より僕自身の負担が
おもいっきり軽減する

結果的にホルモン投与により
もしも骨粗しょう症になっても
もしも生命保険に入れなくなったとしても

それまでの間は 
自分らしくいれることになる。
(もちろん色々もっと詳しく調べる必要はありですが・・・)

まじで
厳しい選択だ。

何を自分自身は一番大事にしたいか・・・・

それをめちゃめちゃ見極めないとわからない。

だけど見極めようとしたって
不変のものではないから
そんなことしてるうちに
年をとっちゃうのだが・・・・

僕は

えいやー!

でやってしまえる度胸はないけれど
今一度考えてみる、治療を視野に入れる価値は
あると思った。

しかし!

僕が女だからとか
僕が男じゃないからとか

そういうことが理由で
僕と一緒にいれない人であれば
僕がもしも治療をして戸籍変更までして男になったとしても
もしも生まれながらにして男だったとしても
きっと一緒にはいないと思う。

相手が障害があるとか
相手に何かあったとしても
一緒にいるということは
それをある程度一緒に背負って行くということだから。

そういう観点からすれば
僕が女であろうが男であろうが
そこまで意味をなさない。

ただ、

生活をする

という観点からすれば
負担や障害、弊害やストレスは
できる限り少ない方がいいような気もする。

この間近所でイタリアンのランチをしていると
お母さんが3人と その娘達が3人
向かい合って座っていた。

ちょっとしたセレブ???
な雰囲気。

娘達は グッチとかどっかのブランドとかの
高級バッグを持っていて
彼女達は会話をするでもなく 3人ともゲームをやっている。

子守はゲームに預けて
母親達はぺちゃぺちゃおしゃべり。

別に悪いとは言わない。

子育ては相当大変なはずだから
そりゃあ母親の会話も楽しみたいはず。

だけど

食事の間 ずっと僕が気になったのは

父親の顔が見たい(笑)

だった。

きっとどこかのエリート企業の幹部か何かで
週末も育児は母親任せなのだろうか・・・

なんて余計な想像を(^^;

まあ

きっと彼女達は幸せなの!?だから
口出しをする気もないが

なんとなく

幸せの意味だったり
家族の意味だったりを
考えさせられた瞬間だった。

もしかして僕に子供がいても
なんだかんだでなあなあになって
同じことをしている可能性も否めないのだが。

話がそれましたが
もしもFTMで治療をされた方がいらっしゃいましたら
率直なご意見を
どんなことでも構いません
書き込んで頂ければと思います。

また治療をしてない方も、
どうして治療をしないかなど
ご意見頂ければと思います。

またFTMのパートナーさんからの
ご意見も聞いてみたいなと思います。

前向きなことでも
そうでないことでも
プラスでもマイナスでも
きっとここに来る方にとっても
大変貴重なご意見かと思います。

図々しいですが
もしもお時間が許す方がいらっしゃいましたら
是非お願いします。


気長にお待ちしております。

最後の難関

| コメント(6)

僕には子供がいない
娘も息子もいないし
兄弟も姉妹もいない

だから

父親たるもの
母親たるもの
姉妹たるもの
兄弟たるものが

娘を姉を妹を
嫁にやる気持ちなど
想像できる範疇のことではない

だが少なからず
もしも元彼女が嫁に行くということがあれば
それが限りなくそれを理解する
もっとも一番近い例のような気がする

僕は何を思うだろう・・・

きっと

複雑だと思う。

正直気持ちがない相手だったとしても

胸が痛い 

というよりか

なんだろう・・・

頭では喜ばしいことだとわかっているし
喜んであげたいと思っていたとしても
なんだか解らない切なさと惜しさと
なんだか解らない悲しさで
胸がいっぱいになるだろう


だけど

それ以上に

心の奥の奥では

絶対に絶対に
幸せになってくれ!!

そう思うだろう。

おまえが選んだ相手を

信じようと思うだろう。

そう思わないと
きっといてもたってもいられなくなるだろうから。

じゃあもし

僕に娘がいて
僕のような人と付き合っていたらどうだろう。

もしかしたら
最初は男に取られるよりマシと思うかもしれない。

きっと

娘自身が
男を好きじゃないとか
純男が嫌いな子だったら

仕方ないと思えるだろう。

でも

もし男が好きなのに
たまたまFTMだったら
どう思うだろう・・・

こんなことを書くのも言うのも
自分に対しても
FTMの人たちにも申し訳ないとは百も承知だが

きっと

なんで寄りにもよってあいつなんだ!!

そう思わずにはいられないだろう。

もちろんそれは
FTMという場合に限らず

もしかしてどんな人だったとしても
何であいつと・・・
と思う親だって多いだろう。

仮に僕が

どんなに稼ぎが良くて
どんなに人間的に信用できて
どんなに誠実そうで
どんなに気に入られるような人間で
どんなに一般の男の人より男らしくても
どんなに一緒にいる娘が幸せそうだとしても

娘が体験するであろう

社会的な不安定さ
世間からの視線
子供が作れないかもしれない現実

そういう事を考えたら

反対しない親はいないだろう。

もちろんそれは娘を思ってのことだろうけど。

僕が
どこからどう突っ込まれても
普通の男よりも
何倍も何十倍も
例え優れていたとしても

僕が女で生まれてきたという事実によって
どうにもならないことは
現実としてある。

もしその壁を
唯一超えられることがあるとすれば
それは

僕自身が
相手のことを
どこの誰よりも心の底から信用し
心の底から僕といることが相手にとって幸せだと
確信でき

そして

一緒にいる相手も
僕のことを
どこの誰よりも
心の底から一緒にいたいと思っていて
心の底から一緒に乗り越えて行こうと

そう思っていなければ

きっと

乗り越えるのは難しいんじゃないかな・・・

そんな気がする。

もし二人の気持ちに迷いがなければ
不利な条件とかがいくらあったとしても

きっとそれは
いつかご両親にも通じる

そう思う。

僕は背もチビだし
力だってそんなにないし
はっきりいって
もし僕が

娘さんを下さい!

なんて言ったら

怒られるというよりは

え?君何いってるの?女の子でしょ~

とか笑われる位かもしれない。

マジな話にさえならないくらい
きっと男に見えないだろうから

僕自身

自分がどれだけの器で
どれだけの強さや弱さを持っていて
どれだけ本物の男?に近いとか
そんなのわからない。

近いとか近くないとか
そういうの比べるのもあまり意味はないんだろうけど・・・

だけど人間って

いざって時に出るような気がする

思いの強さとか
自分の持ってる弱さとか強さとか
自分の中の自信のない部分とか
誰にも負けないかもしれない何かとか

いざって時に
本当の自分を知るような気がする

いざって時に
本当の相手も知ることになる気がする

そんなものを僕自身が知った結果

僕は無理だって思うかもしれないし
僕しかできないって思うかもしれないし

だけど思う。

もっと強くなりたいって。

体の強さは限界があるけれど

心の強さに限界はない。

そんな気がする

人なんて
いつどうなるかわからない

だからこそ
どんな状況にも
どんな変化にも
どんな危機一髪な状況にも負けない

強い心を持ちたいと思う

いざって時に見る自分に失望したくない

何より自分自身の為に。

そういえば昔不妊治療の会社で働いていた時
凄いなって思う男性と出会った。

彼は男前で性格も良く
本当にいくらでも彼女なんてできるでしょ!
という人

だけど

彼の奥さんは
生まれつき子供が生めない人だった。

だから
二人はアメリカまで
代理出産をしに来ていた。

彼女の子供を生むことは無理だから
せめて彼の遺伝子を持った子を
二人で育てようと思ったのだろう

その事自体は賛否両論があるだろうが
僕が凄いと思ったのは

それを知った彼が
家族や親戚からの反対にもまけず
彼女を守り通し
逃げないで
その現実を受け止めた上で

彼女を愛し続け
一緒になることを決意したということ。

なかなか若い男女にできる決断ではあるまいと

そんなことをみじんも感じさせない
本当に明るくて
前向きで
そして
仲良しな二人を見ていると

二人を乗せて運転していた僕は
とても清清しい気持ちになった
心がホカホカしてきたのを覚えている。

二人の絆も
彼自身も
彼女自身も
いざって時にも
負けなかったんだなって

そう思った。

良くやったのは彼だけじゃない。
彼の子供を生んであげられないことを知りながら
それを背負う彼の葛藤からも目を反らさずに受け止め
背負っている彼を信じる抜くということができた彼女だって

あっぱれだ!

もしきっと彼女が妊娠できる人で
ある日突然
彼が交通事故で
動けなくなっても
きっと彼女も逃げないで
いてくれるんだろうなぁ・・・

なんて
ちょっとだけ思った。

もちろんこの事実が原因で
彼が別れを選んでいたとしても
僕は責めるつもりもない

それは一つの選択として
尊重されるべきだと思うから

実際に
不妊が原因で離婚した人たちを
僕は複数知っている

悲しいことだけど
そういう現実はある

大なり小なり遺伝子を残したいというのは
人間のDNAに刻み込まれているであろうことだから

現に僕だってそうだし(^^;

こんな遺伝子残すな!!

って言われそうだけど(笑)

遺伝子を残す残さないは別としても
僕が生きている間に
日本で同性結婚が認可されるかは微妙だけれど
せめて家庭がない子供たちの
里親になれないかとは思う

これだって僕のエゴだろうし
自己満足の偽善行為かもしれないけれど
もし僕がいることで
僕の下手くそな料理だったとしても
愛情を感じてくれて

ジジイ うめーぞ!

って言ってくれて

少しでも

幸せだな!

って思ってくれる子供達がいるのであれば
僕は心の底から自分の子のつもりで
できる限りの事をしたいなぁと思う

言うのは簡単で
実際に子供がいたら

やーーーーーーーーーー!!!!

ってあったまくることだらけで
投げ出したくなったりするんだろうけど。

犬一匹でこんなに大変なんだから(笑)

まっ(^^)

人は
傷つけたり傷ついたりして
だけどそれをプラスの力に変える事のできる
凄い生き物だったりするわけだから

大したもんです(笑)

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