望まれない愛の形

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望まれない恋
反対される関係
祝福されない結婚

世の中には いくつもの
望まれない愛の形がある

それは

不倫であったり
国境の壁であったり
宗教上の問題であったり
年齢の壁であったり
貧富の差であったり
人種の壁であったり


そして 同性であるというのも
2006年現在
壁である場合がほとんである

反対まではしなくても
一定の理解は得ていても

生まれてくる子や育てた子供に

できれば同性と結婚して子供を作らないでいて欲しい

なーんて言う親は

そんなに

いや、
多分 一人もいないかもしれない(^^;


僕は不倫が大嫌いだ
人のもをとったり 手を出すのは
大嫌いだ

それは
不倫自体が嫌いなのではなく
している人が嫌いなのでもなく

誰かが傷つくかもしれないから嫌いなのだ

でも 

僕がこれと同時に思うことは

不倫じゃなくたって 

傷つくときは傷つくってこと。

割り込まれたって平気なときは平気だってことだ

人を好きになる事じたいは 
とっても素晴らしいことだし
自然な感情だし

それがどのタイミングで
どこでいきなり起こるかなんて
誰にも予測はできない

好きになる相手
好きになるタイミング

これが自分で選べるなら 
理性で誰かを好きになれるなら
何の苦労もしないだろう

僕だって
迷わず男と恋愛をし
男と結婚したかもしれない

でも 僕の場合は
どんなに男の人を好きになろうとしても できなかった
女の人しか好きになれなかった

親に紹介できないような相手を好きになってしまったり
絶対に認めてもらえない相手とわかっていても
好きになってしまうというのは
老若男女関係なく
いつ何時も どこでも起こっていると思う

つまり 
好きという感情は
理性や理屈、世の中のどんな常識や規則よりも

強いものなんだ

という

メッセージじゃないかと思う

自分の気持ちを押し通すことが
感情のままに行動することが
必ずしもベストチョイスではないかもしれない

何をベストとするかは人それぞれだし
時によってかわる 
不変のものではない

だから
一番好きな人と結ばれることより
世間一般の幸せを手にいれることを選ぶ人もいるし
誰を傷つけても 誰に反対されても 誰かを裏切っても
思うが侭に生きる選択もある

でも
現在の社会的に望まれていないという点では
同性愛も不倫も
そう大差はないのかもしれない

闇の中にいる人のほうが圧倒的に多いという点でも
そうは違わないのかもしれない

でも、

きっと誰だって 
自分が好きな相手には
幸せでいてほしいし
笑顔でいて欲しいはず

大事な人を 困らせたり
泣かせたり
傷つけたりなんて

できることならしたくない

好きな相手の 悲しい顔なんて


世界で一番見たくない


もしも
好きな相手を 思い続けることが

もしかして 
その相手を一番傷つけることなのかもしれなかったら

僕はもう
どうしていいのかなんて

正直わからない

僕がいつもつきあってきた相手は
ストレート(異性愛者)の女の子

僕とさえ出あってなければ
普通に家庭が持てて 結婚もしていたかも
という気持ちはゼロになることはない

そういう意味では 僕が ぐっと我慢して
思いを伝えないことのほうが良かったのかもしれないと
彼女にとっては そのほうが幸せだったのかもしれないと
思ってしまうときもある

だけど

たった一度きりの人生

自分に正直に生きることだけは

やめたくない

好きなものは 好きだと言って

大切な人は 大切にして

生きていきたい

photos by keijiro

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