挿入と射精だけがセックスじゃないけど…
最近は仕事の方が忙しくて
そこまで精神不安定にはならないけど、
(只今仕事5つと学校通ってます嶺)
僕は突然、自分の体が女であること、
そして彼女は本当は(通常は!?)
異性愛者であることを思い出すことによって
急激に不安になり、急激に落ちたりする。
常に頭の中にある思い。
“僕には挿入するものもないし 射精もできない”
挿入と射精だけがセックスじゃないけど…
最近は仕事の方が忙しくて
そこまで精神不安定にはならないけど、
(只今仕事5つと学校通ってます嶺)
僕は突然、自分の体が女であること、
そして彼女は本当は(通常は!?)
異性愛者であることを思い出すことによって
急激に不安になり、急激に落ちたりする。
常に頭の中にある思い。
“僕には挿入するものもないし 射精もできない”
FTMとレディーファースト。。。
なんだか似合わない響きだが、
ここアメリカに住んでいると、
一日に何度もレディーファーストされる。
アメリカの文化なので仕方ないが、
基本的に子供からヨボヨボのおじいさんまで
とにかく“男”は“女性”に対して
ほぼ99%の割合でレディーファーストするのだ。
エレベーターの出入りから ドアの出入り
バスの乗り下りから とにかく何から何まで
ここ アメリカにおいて
大多数の日本の男のように
我先にという男はほっとんどいない。
先日、今お手伝いしている会社の社長に
自分がFTMかもしれないということ、
そして“彼氏”ではなく “彼女”がいることを
カミングアウトしたのだが、
それ以来ずっと思っていた事がある。
僕が女の体のままで生きてこれたのは、
もしかしたら サンフランシスコに住んでいたからかなと
そんな気がしてならない。
大学時代はほんとうに多数の性的マイノリティー
(多数なので既にマイノリティーではないのかもしれないが。。。)
の友人がいた。
学校の生徒も先生も本当に色々な人がいた。
今日また新たに
カミングアウトしました。
知人友人の99%に カミングアウトをしている僕なので
何を今さらと思うかもしれないが、
今日のカミングアウトは ちょっくら緊張したので一応日記に。
というのも、相手は 最近僕が働き始めた
日本の割ときちんとした会社の社長。
そしてその社長の姉二人。
今はサンフランシスコでアルバイトという名目で働いているが、
実は日本に帰ったら正式にそこの会社で働くかもしれないので
正直、クローゼットの中(隠し続けること)にいることは
無理だなとは思っていた。
しかし同時に、
僕がHビデオを見る時
最近でこそあまり見ていないが
僕はきっと 健康的な平均男子並に
エロビデオが好きだ(笑)
小学校3年の時に エロ漫画を読み始めて以来
僕の性欲は常にMaxで
エロビデオは僕の必需品だ。
良く知り合いには
レズもの見るの?”聞かれるが、
続きは 続きを読むをクリック
自分らしく生きるために 死ぬかもしれないということ
現在の医学では
GID(性同一性障害)治療に数々のリスクが付きまとう。
そしてそれは時に死をももたらす。
近年急速に整った性同一性障害に関する診断と治療のガイドラインの御陰で
以前に比べてホルモン治療やSRSを希望する人が増えているが、
それは同時に多くの危険をももたらしている。
当然闇で治療をするよりは、きちんとカウンセリングを受けて
するほうが、リスクは低いだろうが、
たとえ正規の病院で治療をしたとしても絶対に安全ということはない。
自分らしく生きるためにしていることなのに
死ぬかもしれないという似合わない現実
自分らしく生きれないなら
死ぬ方がましと思う人もいるだろうし
生きる価値がないと思う人もいるだろう
だけど 僕は
生きていることが 今とっても あり難い
せっかく授かった命は
一分一秒だって 犠牲にしたくない
そう思っている。
この考えが正しいとは思わない。
ただ、現時点で僕が思っていることだ。
そして、もうひとつ腑に落ちないことがある。
性同一性障害の
“障害”
という二文字がどうしてもひっかかる。
何かが納得できないでいる。
腑に落ちない。
そんな感じだ。
僕の母はある日こう言った。
女で生まれた人間が女らしくなかったり
脳みそが男のようであったりすることが
私はそういう事を障害とは思わない。
そうはっきり言った。
僕は母親にカムアウトはしていないが
それだけを言うために
母は僕にわざわざ電話をしてきて
それだけを言って
電話を切ったことがあった。
“私は障害とは思わない。個性だと思う”
そう言った昭和26年生まれの母。
随分リベラルな考え方になったものだと思う。
それは別に、性同一性障害を否定しているわけでも
治療をする人を非難するでもなく
ただ、女の子が男の子だったり
男の子が女の子だったりすることが
とっても自然なことであり 健康なことだと
そういいたかったのだと思う。
人それぞれなんだから 色んな人がいるわけで
それは障害だからじゃなくて
それがその人なんだからと 言いたかったんだと思う
その上で 治療をするなり しないなり
決めればいいと。
どんな人の心の中にも
女性も男性もいて
そのバランスや比率は人によって異なるし
時と場合でも 環境でも変わるだろうけど
それが世間の平均値と異なったって
勝るとも劣るともないだろうと
そんなことが言いたかったんだと思う。
僕はその時おもった。
僕が治療するにせよ
このまま生きていくにせよ
この人の子でよかったと。
カミングアウトをする必要もないくらい
僕を理解している
この人の子でよかったと。
そして 僕を
女として生んでくれたことでさえ
感謝できる日は 来ると思えた。
最近思うことは
もしかして 僕はFTMじゃないのかもとも思う。
そもそもどっからどこまでがFTMとかそういうのはわからないが
治療をしないと生きていけない人もいると思う。
だけど、僕は、女であることが どんなに辛く苦しくても
身体にメスだけは入れられない人間だ。
10年以上苦しんでいる椎間板ヘルニアでさえ
メスをいれずに治療したいと思うほどだ。
とにかく 健康なカラダ・正常に機能しているからだに
メスを入れるくらいなら 我慢しようと思ってしまう。
女の身体のままでも なんとか気が狂わずに生活できている僕は
もしかしたら FTMではないのかもしれない。
もしかしたら FTMだけど 我慢できる範囲なのかもしれない。
それは僕にもわからない。
どっちが男らしいとか どっちが本当の男とか
そういうのは良くわからないが
現実を受け入れて 女の自分の体で
なんとかして生きていこうとする生き方も
また“男らしい”といえば そうかもしれない。
しかし、治療をしている人からすれば
僕みたいなのは レズビアンとか タチとかそういうので
かたずけられる存在なのかもしれない。
でも僕はどっちでもいい。
昔は レズビアンと呼ばれるのは嫌だったが
今は 自分は自分としっかり思えるから
誰になんと呼ばれても なんとも思わない。
そんなことでいちいちカッとなるくらいなら
他の事にエネルギーを費やそうと思ってしまう
何が一番最近納得いかないかと言えば
性同一性障害ばかりが世間から認められ
相変わらず同性愛は偏見の目で見られている。
そして性同一性障害者までが
同性愛を嫌悪しているケースが多い。
というか
一番同性愛に対して 嫌悪が強いのは
性同一性障害者なのではないかと思う。
それは自分も含めて。。。
僕の経験上、性同一性障害者はかたくなに同性愛者に
間違われることを恐れる。嫌う。嫌がる。
きっとそれは 多かれ少なかれ
異性愛は正常 同性愛は異常と思っているんだと思う。
僕が何を一番恐れているか
それは 性同一性障害 という言葉を無理やり浸透させて
異性愛が正常ということを概念を強調するかもしれないという事。
性同一性障害の差別はなくそう、だって彼らは異性愛者だから。
同性愛者じゃないから変態じゃない。
ただ障害者なだけだ。
こんなシナリオに見えてならない。
このまま性同一性障害と同性愛が 別々のものとして強化されていることは根付くことは
逆にいうと ヘテロセクシャルな社会の強化にもなりかねない。
僕はそういう方向性ではなく
性のありかたの自由
本当の意味での性の多様性を受け入れる社会を
目指していくべきではないかと思う。
Majority(多数派)からはずれたものを“障害”として片付け
そうすることによって相変わらず Majorityが正常という考えを後押ししていては
いつまでたっても差別はなくならないと思う。
治療を決意できる心と環境が全て整い
ガイドラインによって幸せになれた人も多数いるかもしれないが
そんな風潮の中
同性愛者と性同一性障害の中間層で
どっちにもつけず どこにいてよいのかもわからず
相変わらず無視され おいてけぼりの中間層は大勢いるはずだ。
きっと僕も そんな中の一人だと思う。
人間は
白黒ではっきり分けられるほど
明確にわかれていないから
こういう人は本当に多いと思う。
本当の意味での自分らしさを手に入れるために
今こそ
男と女という
2極の性のあり方自体を
見直すべきなんじゃないかと思う。
自分らしく 生きるために
死ぬかもしれないなんて
ちょっと
納得したくない
FTMの治療に踏み切れるか。。。。
僕はご覧の通り、
うじうじしていて
煮え切らない
性同一性障害者なのかもしれない。
だけど
こんなうじうじしている俺だが
たった一つ言えること。
それは
今の彼女が
真剣に僕に
“男になって”
とお願いしたら
僕は確実に治療をするだろうということ。
しかし同時に思うこと。
それは、決して
彼女からは言わないだろうということ。
僕は、レズビアンではなく
ストレートの女性ばかりとつきあってきたが、
今まで誰一人として
僕に男になれとは言わなかった。
きっと無意識のうちに
僕は女の体のままの僕を
受け入れられる相手しか
選んでいないのかもしれない。
そしてもう一つの真実
それは、
もし彼女の体が
明日の朝男になっていても
僕は決して彼女を嫌いにならないということ。
そして、きっとカラダも愛せるだろうということ。
別にそうなったからって
僕が女らしくするつもりではないが、
彼女の体であれば
彼女のものだからいいやと思えるだろう。
それが唯一の原因で 嫌いになることだけはないだろうと言える。
彼女が好きなのであって
別にカラダとつきあっているわけじゃない。
きっと、この時の僕の気持ちが
彼女の今の気持ちに一番近いのではないかと
想像する。
でも 僕はFTMとつきあったことがないのし
MTFともつきあったことがない。
だから この推理が
確実かどうかは不明だ。
ここにはいつも
ややこしいいくつかの真実がある。
だけど
ややこしいけど どれも真実なんだと思う。
今まで避けて来たテーマだが
そう、カラダの事やHのこと。
若干顔も出してしまった関係もあり
また、彼女のプライバシーとかも考えたので
今までは避けてきたトピックだったが
やはり これを避けていては
なんだか
メインディッシュのない コース料理
(↑超変な例えですが。。。)
そんな気がしてきた。
実はある方のブログを読んで
僕も少しずつ書いていこうかなと勇気を貰ったのだが
どこまで書けるかはまだ未定なので
少しずつ書けるところからにします。
今年でつきあって7年目にもなる僕と彼女。
だけど僕は今でも、
僕の女のままの体を
触らせるのは申し訳ないと思っている。
触られるのはおろか
見られるのだって嫌だ
多分僕は
この28年間ずっと
この世で一番全裸を見せたい相手に
一番見せたくないでいる
それは僕にとって
とっても悲しいことだし
きっと相手にとっても
寂しいことだと思う。
彼女は僕の体を
決して嫌だとも言わないし
また、僕自身が女の体であることを
誰よりも嫌がっているのを知っているからだろう。。。
大好きとも言わないが
それはきっと僕を傷つけない最善の方法を
とってくれているように思う。
今まで生きてきて
性別違和感を覚えた3歳の時から
一体僕は 何度
明日朝起きたら 男になってますように
と真剣に願っただろう。。。
そして、朝起きたときに
女のままの体であることに
何度絶望しただろう。
今まで僕は
夢の中で
何度も何度も
男になれた夢を見た。
そして、夢の中で
“女の体だった事の方が 夢だったんだ”
とほっとしたことが多々ある。
だから、そんな夢を見ていた翌朝は
絶対におきたくない。
夢の続きが見たくて
学校をサボってまでも
再び寝ようと試みる。
あれが夢だったなんて信じたくない。
そして
決まってそんな朝は
僕の頬が少し
ぬれている。
そして、
決まってそんな朝は
ホルモン治療と手術を決意する。
どんなに頑張って女で生きていても
どんなに無理をして女の自分を受け入れようとしても
僕の本能が
それを阻止するかのように
定期的に僕はこの夢を見る。
僕は
彼女に
僕の体の全てを
さらけ出せる日が
来るのだろうか。
女のままでいる限り
やっぱり
無理なのだろうか。
僕はまだ わからない。
最近久々に ゲイのメッカである
サンフランシスコのカストロ(Castro)に行ったことは
既に先日の日記に書いたのだが、
そこで実は久しぶりに思ったことがあった。
一緒に行ったのは
日本から遊びに来ていた 30代~40代の日本人男性。
僕はひょんなことから
彼らをバイトで 街案内することになったのだが。。。。
このうちの二人は
確実にゲイに間違われそうな雰囲気の持ち主。
ステレオタイプ的で 申し訳ない判断だが、
サンフランシスコ市内を歩いていたならば
多くのゲイ男性から
にっこりと笑顔で挨拶され
お誘いを受けても当然といった感じだった。
なので、
僕は少しばかり
実はゲイなのかな~などと
あわい期待していたのだが。。。。。
実は バリバリのストレートだと発覚。
それもタチの悪いことに
一番 “ゲイっぽい”人が
実は一番 “ゲイ”に対して
あまり よろしくはない感情を抱いていることが発覚。
昔の僕ならば、
カストロに観光に行きたがる残りの2人に対して
“なんでそんなところ行きたいんだ??”
“そんな所行く意味がわからん”
と、カストロに関心を抱く一般の観光客までをも
非難するような口ぶりの彼を
黙っては見ていられなかっただろうが
我慢して話を聞くこと10分。
何故彼がそこまで 嫌がっていたかが発覚。
それは、
彼が あまりにも頻繁に
ゲイに間違われるからだった。
それはアメリカだけでなく
日本にいても同じだという。
だから、必要以上に構えてしまったり
必要以上に意識してしまうのは
まあ無理はないなと思ってしまった。
昔、大学の時の授業で習ったのだが、
ゲイのポテンシャル(潜在能力というか潜在的に)が
ある人の方が、
ゲイに対して 嫌悪感を抱く可能性が高いと
習ったことを思い出した。
それはつまり、
自分の中に 潜在的にというか
ややそういうものが存在していて
だけど、社会的な圧力や
自分の中の理性のようなものが
それはいけないからと
その感情を消し去ろうと
無意識に葛藤しているせいとういか。。。。
つまり、目覚めている自分と
目覚めてしまいたくない自分が
葛藤しているという事だろうか。
別にこれは絶対ではないし
だからどうこうということではないが、
色々思い返してみたときに、
今まで僕が出会った人の中では、
酷くゲイに対して嫌悪感を盛っていたり
批判的な態度を取る人の中には
そういわれてみれば
めっちゃ“ゲイ”っぽい人が
多かったような気がした。
人は
受け入れたくない現実を受け入れる時、
様々なプロセスがあり
(これも心理学の授業で習った所詮、教科書的な知識でしかないが。。。)
その受け入れプロセスの中に
必ず Denial(否定)
というものが存在する。
それが確かだとすれば、
ゲイという自分を受け入れる前の段階の場合
ゲイを大いに嫌いになる時があっても
不思議ではない。
僕も含めてだが
“自分”っていうものは
実は
“自分が一番なりたくないもの”
だったりするのかもしれない。
僕が一番なりたくないもの
それは “女” である。
ということは
僕は やっぱり
“女” なのかな
実は めちゃめちゃ女だから
女が嫌なのかもしれないと
ちょっと考えてしまった。

今日はごめんなさい。
腹痛の為ブログお休みです。。。(泣)
僕の写真サイト、
FTMアメリカ写真館の方はUPなんとかしました。
素人写真ですが、宜しければ
遊びに行ってやって下さい。
コメント大歓迎!宜しくです。
まじ腹痛い。。。。
今日は久しぶりに
サンフランシスコで有名な
ゴールデンゲートブリッジに行った
そしたら、大学時代の友人に
実に8年振りに会った。
彼は大学時代
英語(ESL)のクラスが一緒だったのだが、
その時の先生も ゲイ男性だったし
その友達もゲイだった。
彼とはお互い教室で会った瞬回から
お互いにゲイダーを感じ
(英語のスラングで、レーダーとゲイを合わせた言葉で ゲイのレーダーのこと)
即効仲良くなった。
色々な課題を発表したりしたクラスだったが
僕と彼は、
クラスの前でも オープンに
自分のアイデンティティーや性志向について
堂々と語っていた。
法律に守られている御陰で、
公然の差別は受けないが、
アジア人の留学生が多い教室内では
もちろん 理解不可能という子もいたし、
内心 僕らのことを気持ち悪いと思っていた人もいただろう。
その頃も今もだが、
僕は、ゲイと呼ばれようが、レズビアンと呼ばれようが、
FTMと呼ばれようが、 おなべと呼ばれようが
所詮 全人類に
100% ピッタリの呼び名なんて ないと思っているので
特にそういった カテゴリーは気にしていなかったので、
彼には Dykeの姉ちゃん(もしくはStone Butch=バリタチ)
と自由に呼ばせていた。
まだ未成年だった僕だが、
サンフランシスコ市内のゲイバーやクラブに
一緒に連れてくれていた
良きお兄さんのような存在だった。
そんな彼は、日本で医療器具の会社で
バリバリの営業マンだったらしいが、
白人が大好きなのと
日本のゲイ事情が不満だったらしく
96年に渡米、以来ずっとサンフランシスコにいるらしい。
つい先日まで ゲイに人気のホテルマンの職業だった。
8年振りにあった今日も
相変わらず というより
前にも増して
ゲイダーを発していたから
見た瞬間にすぐにわかった。
アメリカに留学してくる子のうち
9割以上は 学校を卒業後
日本に帰るのだが、
ゲイの子は頑張って残っている人も多い。
やはりゲイの人にしてみれば(特に男性は)
かの有名なカストロストリートをはじめ、
ここサンフランシスコは
ゲイにとって大変住み易いところだ。
まして日本人は人気があるから、
パートナーに困ることはないみたいだ。
(それが長く続くものかは別だが。。。)
久しぶりに 今日カストロにも顔を出した。
17歳の頃、僕が始めてサンフランシスコに来た時に
すかさず訪問した場所だ。
相変わらず活気が溢れ
楽しい街だが、
以前にも増して 女性同士のカップルは減っている気がする。
もちろん 集まるエリアが違うのだが、
最近サンフランシスコの レズビアン・Dyke人口の
減少がちょっと気になる。
昔は ダウンタウンだろうが どこだろうが
毎日何人も Dyke姉ちゃんを町で見たのだが
最近は滅多に見なくなった。
ニューヨークに移動しているという噂があるが、
本当だろうか。。。。
帰国まであと少ししかないので、
最後くらい
SFのゲイ・レズビアン・トランスライフを
もう少し満喫して
観察して行こうと思う。

今日は現奥さんとの出会い、韓国でのお話の続き。
お見せするようなモノではにが、
↑の写真は韓国に短期留学していた頃。
当然と言えば当然なのかもしれないが、
僕が付き合った女の子(女性達?)は
みんな、過去には男性としかつきあったことがない人だ。
つまり、ヘテロセクシャルということになる。
なので、通常、僕のことを
"女"
ではなく
"男"
と認識しているとのことである。
勿論個人差はあるだろうし、
年月がたつにつれ、
体が女のままの僕を
男と見れなくなる子もいただろうし、
僕自身も、年を取るにつれ、
"男"でい続けるための
執着みたいなものだろうか。。。
そういうものが減っているとは思う。
なので、現時点では
かなり中性的、
FTMというよりは、
女らしくない女、
世間一般の女性らしくない女
とでも定義したほうが
僕を正確に描写できているかもしれない。
それはさておき、
今から6年前、
韓国の語学留学中に
現彼女に出会ったときは、
それはそれは バリバリの"男"でした。
俗に言う "パス率"も
これまたかなりのもので、
万が一僕が 女子便所に行こうものなら
それはそれは 大問題だった時期である。
背も157cmと決して高くない僕だし、
指や手首なんかは、普通に"綺麗だね烈"
とオヤジに言われるくらい 割と華奢だし、
筋肉だって 普通の女の子よりはあるけれど
しっかりとした "安産型"の尻をしているし、
胸だって、ぶっちゃげ Cカップだった時代もあるわけで。。。。
体に関しては、男にしておくのにはもったいないくらい
ある程度の 女なわけです(爆)
それが 僕は死ぬほど嫌なのだけど、
あり難いことに
とっても健康に生んで頂いたおかげで、
生理周期も完璧で
予定日が狂うことはまずないのだ(笑)
もうここまで来ると
"嫌悪"というよりは
自分の女として100%機能している
パーフェクトバディーに
"感心"すらしてしまう。
健康的な成人女子ですわ(泣笑嬉
10代の頃は
健康と長生きより大事な
筋肉と髭とちんこだったけど、
年をとるにつれ
健康が何よりと思うようになるのは
仕方ないことですかな。。。。
話がそれましたが、
そんな僕でも、
日々の過ごし方や、
言葉遣い、
態度、服装、
目つき、歩き方 などなどで
当時は90%以上 男として 生活できてたりしたのだ。
するとどうしたことだろうか
男性ホルモンの量でも
増えたりするのだろうか。。。。
性欲もバリバリ出てきて
かわいい女を見ると
その目つきは 獲物を狙うオスそのもの。
考え方はめっちゃ保守的で
九州男児を理想とするような
そんな人間が出来上がっていたのだ。
そこで現れたの今の奥さん。
当然、そんな ぎらぎらで
ちょっと不自然なくらいの男らしさ(演出??)と
"昭和の男"
の臭いとでもいうものを、
をかぎつけてやってきたのだろう。
近年減少傾向にある
"大和魂" を持った男達に比べ
やや 無理をしている感じはあるが、
ちょっと酒が入っていれば
こんな僕の方が、
不思議と格好よくでも 見えたりしたのだろうか。。。
"男よりも男らしい"
と、当時の "男"を
非常に意識した生活を送っていた僕にとっては
お金を積んででも欲しい言葉を
彼女は何度か口にしたものだった。
そんなわけで、
つき会い出した頃は、
正に
昭和のカップル。
今考えると 恥ずかしすぎるのだが、
"黙って俺について来い"
的な僕に
頑張って 彼女は
尽くしてくれたのだった。
しかし。。。。
時代は21世紀へと突入。
7年目を迎える僕等の立場や役割は
ほぼ180度回転している。
様々な要因があったのだろうが、
当時とは大違いだ。
僕が主夫らしいことをすることも珍しくない。
だけど、体制は変わっても
それはそれで 上手く回転しているのだ。
僕の男性ホルモンレベルが
低下したのかは知らないが
彼女の男性ホルモンレベルは
確実に上昇傾向にあるようだ。
最近の彼女は
あまりに男らしく
あまりに格好いいので
たまに本気で
こいつMTFか?
と思ったこともあった。
そして ちょっとでもそれを言うと
確実にぶっ殺される。
僕が力づくでも 勝てなくなる日はかなり近そうだ。
P.S.
以前、読んだ本に
FTMさんとMTFさんのご夫妻の本が
ありました。
ここ、サンフランシスコのJLC(日本レズビアン機構←自作)
では、本を回しあって読んだ記憶がある。
機会があれば是非
より多くの方に読んでいただきたい。
性転換手術の傷について
僕はご覧の通り 28年間
体はまるっきり 超健康体の女のままであるが
日本に帰ってから、カウンセリングを受けてみて、
完全に治療の可能性がなくなったわけではない。
そんなこともあり、今でも日々
様々な資料をネット上で収集している。
しかし、最近気になることが一つ。
僕には犬がいて、たまにじゃれあっていて
爪で引っかかれるのだが、
半年以上の前にできた
すごい軽症の傷が
未だに完全に消えないのである。
若い頃は
傷なんて すぐに治っていたから
何も考えなかったけど
最近は にきび一つにしても
全くといっていいほど 治る速度が遅い。。。。
というか、
遅いというより ぜんぜん完治しないのだ。
そこでふとおもった。
もしも、勇気を出して、ホルモン治療→オペ
の道を歩んだとして、
きっと、20歳前後で手術する人よりも
何倍も傷が癒えるのに時間がかかりそうだなと
ふと思ったのである。
時間がかかるまでならまだしも、
僕の場合 全然なおらなそうだ。。。
また色々と調べてみたいと思う。。。
FTMによるアメリカ写真館 にて、
今までとってきた写真を公開していくことにしました。

主に在住しているサンフランシスコより、
何年も眠ってしまっているデジカメ画像や、
帰国間際の今、焦って撮っている写真を公開していきます。
観光ブックにないスポットや、
日常の些細な風景をお届けできればと思っています。
今日は
世界最大のレズビアンの祭典
サンフランシスコ・ダイク・マーチ(Dyke March)
の写真をUPしておきました。
是非こっちのサイトも覗いてあげて下さい。
自称FTMの勘違いレズビアンおばさんと呼ばれても(爆)

最近コメントを頂いたり、他のサイトを覗いたりしていて
けっこう僕のように、
ホルモン注射なしで、治療もしていない方がいるのを知って
正直すげーほっとしてる。
なんせ アメリカで ポツンと暮らしている都合上
まわりには(日本人では)現時点では僕のような人はいない
大学時代はいたのだけれど。
だから、共感してくれる人がいてくれると
めっちゃ励みになるし、力を貰える。
きっと、若いFTMの子が、僕のサイトに辿り着いたら
“ゲッ・・ なんだこの ブサイクな勘違いレズビアンババアは。。。顔なんぞ出してキショイぞ!!”
(^^; といわれても仕方ないと思っていたし、
実際 そう思ってる方も多数いると思われるが(爆)
結構若い子も メールをくれたりして、
自分とはまた違う考えだけど 面白いとか
言ってくれる子がいたりして
なんだか FTM気取りのおばさん
勇気が沸いてきちゃうわ~
と今日は ちょっと 女っぽく 書いてみました。
結構 この年になると!? どんな呼び名で呼ばれても
あはは~と思ってしまう。
特に子供に会うと、 おばさんって来るかな?お姉さんかな?それとも
やっぱりお兄さん???(←若く見えてるようでさすがにおじさんはまだない)
て呼ばれるか いつも
半分ドキドキ 半分楽しんでる
ちょっと 妙な余裕が生まれてる 自分がいる。
昔じゃ考えられないけど
最近は オカマきゃらの物真似まで
板についてきたのだ。
女性らしさへの嫌悪を飛び越えて
それをネタにできるなんて
俺って一体なんなんだろ。。

サンフランシスコ市内のゲイ・レズビアンバーやクラブを紹介すると
言ったっきり ブログの更新がとまっていて申し訳ない(反省。。。
言ったからにはやりたいのだが、少々お待ちを。。。
それはさておき、前回のブログでお話したように
僕が夜な夜な サンフランシスコ市内の レズビアンイベントに顔を
出すようになったのには、当然理由があった。
そう、それは彼女がいなかったから。
上の写真は、僕が大学時代に通いつめた
サンフランシスコのレズビアンバー のレキシントンの写真です。
GLBTとは
Gay Lesbian Bisexual Transexual の略なのだと思うが、
僕が通うことになった、アメリカはサンフランシスコにある
San Francisco State Universtiy(サンフランシスコ州立大学)
では、生徒の間でも、先生の間にも
とってもオープンに、自分のアイデンティティーを公表している
方が多数いました。
GLBT サークルみたいなものあるし、
授業にも ゲイ・レズビアン史、セクシャリティー関連、
多様な性、などなど、とにかく日本の大学では
なかなか学べないものが多数あったのだ。
副専攻でゲイ・レズビアンスタディーがある全米でも珍しい
革新的な大学なのだ。
サンフランシスコとうい街自体、ゲイコミュニティーの有名な町だが、
学校内もそれに負けないくらい、
三歩歩けばゲイにあたる
生活環境だったのだ。
僕の大学には留学生も多く、日本人学生もたくさんいた。
もちろん日本人の学生達も、
日本では想像できない程オープンで
僕の知る限りでも、両手で数え切れないほどの
日本人・ゲイ・レズビアンの生徒がいた。
最初はカミングアウトに躊躇している人も
周りがあまりにもオープンなので
だんだん どうでも良くなるのだろうか(笑
キャンパスライスも2年過ぎたころには
食堂の裏の当りに
日本人レズビアンコミュニティーなんていうものも誕生していた(爆
といっても
僕達が勝手に そこでつるんでいただけなのだが
あまりにも目立つので、近くでつるんでいた
アメリカ人レズビアン・DYKEコミュニティーの人たちに
“この集まりは Japanese Lesbian commission か??”
と呼ばれたくらいでした。
それ以来 うちらはそれを略し
JLC
などといって2年あまり楽しくつるんでいたのだった。
その間は、週末になると 必ずといってよいほど
サンフランシスコ市内の レズビアンイベントやら
クラブに皆で足を運んだのである。
それぞれ 白人好き アジア人好き(←俺)
フェム(ネコ)好き、 ストレート好き
Butch(ブッチ)好き FTM好き。。。
などなどなど
ニーズが多彩だったが
とにかく皆で
いい女
を求めて!?
毎週末遊んだ記憶がある。
その中でも僕等の行きつけとなったBar
レキシントン(Lexington)
は、当時(今も??)サンフランシスコ市内唯一の
フルタイムレズビアンバーで、授業をサボって行っては
ビリアードをして、記憶がなくなるまで飲んだりしたのである。
僕は自称?レズビアンではなくFTMなので
一部のFTMの方からは、
何で行くん???
といわれそうだが、このバーは
FTMもタチも中性もレズビアンも
そういう枠組みはあまりとらわれず
とにかく皆それぞれ自由に自己表現をしながら
盛り上がってる場所でした。
それに男性も入れるところなので
FTMだとしても安心して入れます(^^;
今でも営業中なので、サンフランシスコに来た
方は是非訪問してみてください。
但し、治安があまり良くないので気をつけて。。。
ついでなので、次回はサンフランシスコ市内の
レズビアンバーやクラブなどを紹介しまーす。
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