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2005年9月アーカイブ記事一覧

あいのり同性愛編きぼう~

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僕はあいのりがすきで良く見ている。
といってもアメリカでは見れないので、日本のビデオ屋に行って
1ヶ月分をまとめて見ている。
それが、僕と彼女の現在の一番の楽しみである。
あいのりは、ここアメリカ在住の日本人の間でも人気は高い。

今日は、ヒデが言ったことで
どうしても考えさせられることがあったからメモることにした。

ヒデは、なかなかなじめないいる、グループが苦手で
全然目が笑っていない、いわゆる雰囲気を悪くするタイプの
女新メンバーに対し、

そうやってムスっとするな

と言うのではなく、

“無理して笑うな”“本当に面白いときだけ笑え

と言っていたのだ。

僕はビクっとした。

何故なら、僕は今の彼女に
何度となく、愛想笑いをしろと今まで言ってきたからである。

僕の彼女もあまり話すのが得意な方ではないと思う。
仲よくなればもちろん話すのだが、
誰とでも万遍なく愛想良くつきあうタイプの人間ではない。
それに比べ、僕は心は笑っていなくても
無理して無理して、場の雰囲気ばっかりを考えている
要は中身の薄いヤツだ。

だから今までは
場の雰囲気よりも 自分の感情が顔に出てしまう
彼女に対して、何度も何度も

“後で僕に怒ってもいいから とにかく雰囲気を悪くするな、
無理してでも話して、笑っていろ

と言っていたことを思い出した。

それだけ僕は会話に集中していなくて
皆の顔色だけを伺っているといっても過言ではない。

今考えれば、なんて自己中心的なお願いなんだろうと思う。

世の中の男もFTMも、多かれ少なかれ
自分の彼女をまわりには高評価されたいものだ。
それで自分のレベルが決まるというか、そういうのは
ないとは言い切れないのが現実だと思う。

だから、当然、
かわいくて、気立てが良くて、気が利いて、そして笑顔が絶えない彼女を
持っていれば
まわりの男からの自分の評価もあがる。

きっと僕も なんだかんだ言って
本当は彼女のためというよりは
単に自分の評価を気にして
そんなお願いをしていたのかもしれない。

それに比べ、

“無理して笑わなくていい”

と、言ったヒデには関心させられた。

場の雰囲気よりも何よりも
彼女の気持ちを考えたのなら

僕のように

“無理して笑ってて”

などという台詞は出てこないはずだ。
たとえ、彼女が雰囲気をぶち壊すようなことを
したとしても、言ったとしても

それでも彼女の味方を最後までしてあげられるのが
僕しかいないんだから
僕だけは 彼女の気持ちを 理解してあげなきゃいけなかったのに。

今日はつくづく反省させられた。

自分の大人げなさと 薄情さと 冷たさに。

8つも年下の男の子(ヒデ)に
色々と教えられた
28歳の
出来損ないのFTMのつぶやきでした。。。。。

そして、いつか、
近い将来、
あいのりの同性愛編ができるのを
楽しみにしている。

僕のようなFTMの場合は 異性愛編になるのかもしれないが
きっと僕が今応募したら
女チームに入れられちゃうから

女チームに入って
思い切って女に告白するしかないみたいだ。

でも、それってありちゃうかな??
だってラブワゴンは別に異性に告白せんでもいいわけやん?

どうなんでしょう久本さん!!加藤君!今田さん!!
もし それを民放で放送してくれたら
まじ、カッコいいと思います。
勇気貰う人 多いと思います。

誰かそんなことたくらんでるヤツいないかな~廉

男を頑張って好きになろうとしていた頃

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waikiki.gif

男を頑張って好きになろうとしていた頃。。。

アメリカに高校留学をした当時、僕は頑張って男の人を好きになろうとしていた。
日本での女子校時代は、バリバリ女の子との恋愛を楽しんでいた僕であったが、
なんというか。。。
今みたいに 性同一性障害も、同性愛ライフも 全然闇の中だった時代背景もあり、
こんな僕でも、いずれは女にならなくてはいけない日が来るのだと
どこかで諦めていたのかもしれない。

いつかは世間で言う“普通の女”
というヤツにならざるを得ないのかなと。。。

そして留学をした時、つまりまわりは僕の過去を知らないのだから
俗に言う ストレートになる最高のチャンスである。

だから僕は 留学した頃は 頑張ってアメリカンな男を物色していたのだ(笑)
英語も早く覚えたいし、これは彼氏でも作るのが一番だろうと。

しかし、案の定、一向にときめかない。
それどころか、体重はぶくぶくと増え、
とても彼氏を作るような体ではなくなってしまった。

いくらアメリカといえど、アメリカに来て半年で17キロも太った僕は
女にも男にもモテなそうなみてくれになっていたのだ。

幸い、ハワイに移住してからは、毎日のマリンスポーツの御陰で、
少しずつ体重が戻り、高校を卒業するときには元通りの体重に戻ったのだが。。。

それはともかく、アメリカに留学をして、ハワイで、
第一印象最悪だった、この在日韓国人の女の子とひょんなことから
つきあうようになるまでは、僕は心の中で ずーっとずっと

“もう女は終わり。そろそろ男を好きにならなくては。。。”

と真剣に思っていたのだ。

そんなわけで、その当時の彼女と、高校卒業後、
サンフランシスコでの大学進学を決めてここに来たのだ。

その当時は、うっすらとサンフランシスコ=ゲイの町
というイメージはあったが、決してそれが目的で来たのではなく
高校3年時の修学旅行で訪れたのがきっかけで、
その彼女の方がめちゃめちゃこの街にほれ込んだのである。
僕はどちらかと言うと、小さい頃に住んでいたロサンゼルスや、
大都市ニューヨークの方に興味があったのだ。

現在の彼女のことを考えると、前の彼女のことは
ブログに書くべきではないかと思ったのだが、
僕が今の彼女との出会いを書くにあたって、
この彼女との出会い、そして韓国文化との出会いを抜きにしては
ちょっと話ができない手前、簡単ではあるがここで紹介させて頂くとしました。

今もこの子とは、友達というよりは
親戚というか、そんな感じで仲よくさせてもらってます。
それを理解してくれる今の僕の彼女は、本当に
世界一いい女だと思ってます。
ここでのろけるとぶっ殺されそうなのであまり言わないが、
一瞬クールな外見とは裏腹で、本当に器の広い、大したヤツです。

いつか彼女のブログをLINKできればと思ってます。

そんなわけで、一生懸命“ふつーの女”を目指して
彼氏まで探していた僕だったが、
このハワイでの衝撃的な出会いにより、
再び“Majority"(多数派)ではない
恋愛の形を取り続けていくこととなったのである。

遅かれ早かれ、僕は自分の心に嘘をつきつづけることはできなかっただろうけど
こうやって、僕は戻るべきところに戻ってきたのである。

次回は レズビアン・ゲイコミュニティーがめっちゃ盛んだった
サンフランシスコ州立大学での生活をお送りします。

ノーホルFTMの僕が憧れる男の中の男

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ノーホルFTMの僕が憧れる男の中の男。。。

実は、今朝は久しぶりに発作が起きてしまった。
そう、僕の発作とは
体が女であり、心が男であることから起こるのだが、
どんな発作かというと、

“ムショウに男になりたくなる発作だ”

今の世の中だったら、普通に日本にいる場合は
保険が適用され、カウンセリングもいけるので
結構な数のFTMやMTFさんたちは病院に行っていたりも
するかと思うが、
ここアメリカは、なんせ医療費が高い。
まして、アメリカ人ではない僕は、
ここアメリカでは、生死にかかわらねければ
ちょっとやそっとでは病院にはいけない。

なので、アメリカにいる以上、僕は
カウンセリングもいけないし、性同一性障害の治療は
受けられないのだ。

そもそも、このブログでも、生意気に色々言ってきたように
僕は、ありのままの体と心で、
生涯を送ろうと、そう決意している人間である。

というか

そう思わないとやっていられなかったというか。。。。

だけど、なんだかんだ格好いいことを言ったところで、
結局の所、心の性と体の性の溝はうまっていないのだから、
こうして、突然嵐のように 発作が起こってしまうのだ。

そのたびに、彼女にはものすごい迷惑をかけてきた。
だけど、いつも優しく見守ってくれてもいた。

そして、今日、これ以上彼女に迷惑をかけてはいけないと
日本に帰国次第、とりあえず1年間は カウンセリングを受けようと
決意したのである。

28歳という年齢、色々なことを考えすぎた結果、
実は本当の自分を見失っていたのかもしれない。

所詮僕だって、限られた時間 この世に生まれてきた
一人の 人間である。
他の人と そんなに大きく違うはずもない。

普通に 結婚したいし パパになりたいし
月並みな幸せを求めているんだと思う。

それを無理に、かっこつけて 妙な論理やでっちあげの
方程式で 強引に女のままの体の僕を
受け入れようとしていたのかもしれない。

今日僕が思ったのは
いずれ治療をするにせよ ホル注をするしないは別にして
とにかく 僕の素直な感情、
心の性と体の性を一致させたいという感情
女として生きていくことが辛くて仕方がないという感情

こういったものを殺さないでいいんじゃないかと
思うようになった。

18歳や19歳の頃の
青臭さを 無理して忘れて
社会と折り合いをつけた 妥協だらけの大人になるより

失敗しても 後悔しても
湧き出る感情を 無視するのはやめようと思った。

確かに30年近く 女の体で生きてきて、
望んでではないにしろ 女の体と男の心で
なんとか 世の中と折り合いをつけて
それなりに生活していけるような 術を見につけてきた
今更 100%男として生きていけるかといったら
それも自信はない

でもそれは仕方のないことだと思う
生まれてからずっと 男でいた人たちと
同じになれるはずもない。

今、僕は 全てが未定だ。
このまま生きていくかもしれないし、
30歳過ぎて 治療を開始するかもしれない。

だけど、いずれにせよ
理屈を並べて 無理やり自分の感情までを
コントロールしようとするのは
もうやめようと思う

それが何よりも 
悲しいことのような気がするから。

それは僕の体が女であることよりも
悲しい気がするから。

世の中には 色々な性の認識の方がいて
それぞれの選択をして 毎日を一生懸命生きてるんだろうけど
たとえ僕が選んだ選択が 他の誰も選ばない 
怪しいものだったとしても
それが 自分のまじな気持ちだと
堂々と言えるように 
これからは生きて生きたいと思います

まだまだこれから
僕のブログも気持ちも
七転八倒しそうだし
僕の気持ちも コロコロと揺れ動きそうだけど

それも 僕なんだと思います。

誰の真似もしないで
誰にも真似できない自分を
見つけていきたいなと思いました。

そうそう、所で
僕がまじで憧れている 
僕が心の師としている純男の方がいるのだが

彼は在日韓国人の方で もう年は還暦を越えているだろうか。。。
昔は柔道はオリンピックに出れたほどの実力者だった。
僕の友人の父親なのだが、子育てが苦手だった奥さんに代わって
彼は毎日 娘たちのお弁当まで作っていたのだとか。

この方は 見た目はヤクザなのに
本当に心優しい方で 家事や炊事もこなし
子供たちの面倒を良くみる父親だったそう。

みためも怖そうで 男らしい方なのに
性格は対照的で 俺様的な態度どは無縁で、
誰にでも腰が低く、丁寧で、
そして決して怒らず 決して俺は男だという態度が一切ない方なのだ。

僕は彼のような人が
本当に男の中の男なんだと思っている。
もちろん 彼は強い人だから
こんなに優しいのだろうけど。。。

僕はいつも 性転換をしようか迷うときに
この方のことを思い出すのだ。
果たして、僕は本当に男になれるのだろうかと。

そしてそんな器は まだまだなと、いつも痛感してしまうのだが。。。

もしも僕が 次に生まれてこれたとしたら

こんな素敵な オヤジになりたいと

いつも心から思っています。

女の僕といてくれる彼女

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riobirthday.jpg
写真は9月12日、愛息子こと
愛犬Rioの1歳の誕生日に撮影。

今日はこのブログを通して
お知り合いになった方からのメールを見て
色々と考えさせられました。
彼女達は4年間おつきあいしている
女性同士のカップルさんです。

さすがに彼女のメールにもあったように
6年も付き合っている僕と彼女の生活は
まるで老夫婦状態。
出会った頃のように ドキドキとはいきません。
まして、
うちには愛犬がいるから、もうお互いの呼び名が

“ママ"“パパ" みたいな(笑

おいらも 色々と フレッシュさを維持するべく
色々と考えましたが
さすがに6年もいると。。。
ある程度はマンネリ化してもしょうがないかなと。。。

だけど僕達は決して仲が悪いわけではないし
むしろ時間がたった分だけ
味のあるカップルになってるとは思うし
昔よりも相手を思う気持ちは
きっと深みを増しているはず←と信じている

ノリつっこみも あ・うん の呼吸で、
息も完璧にあっていて
観客もいないのに
毎日がコントみたいになっていたりする。

S気質がましてきた彼女の
鋭いつっこみは
吉本工業の芸人にもまけないくらい
なかなかの腕前です。

とにかく一緒にいるときは
本当にくだらないことでも
ばっかみたいに 
げらげらと
笑っていることが多いので
とっても幸せなことだと思ってます。

こんな素敵な彼女と一緒にいれて
本当に幸せだと思っています。

相方として捨てられないように
最近の僕は
常にお笑いの腕を上げようと必死です(笑

うちらのまわりには
できちゃった婚だのなんだので、
結婚ブーム真っ盛りです。

本当は彼女だって
普通に男性とおつきあいをして、
結婚だってしたいだろうなとか
本当は好きな人の子供が欲しいだろうな。。。
とか考えちゃいます。

僕がどんなに頑張ったって
体は女ですから。。。

だけど、
そんなことをわかりきった上で、
それでも体が女である僕と、
ワガママで子供じみた僕と、
一緒にいてくれている彼女は
僕が死ぬ気で大切にしなきゃ
いけない人だと思っています。

すっかり最近はオヤジ化が進行している僕ですが
明日もギャクのセンスを磨いて(爆

キャバクラのように

“チェンジ”

と彼女に言われないようにしたいと思います

ハワイでの高校生活(高校留学2年目)

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ハワイでの高校生活(高校留学2年目)

強盗事件をきっかけに、ひょんなことから
ハワイの高校に転校したおいらだったが
学校選びは 一番安い学費と寮があるという事で決めた。

とにかく強盗のトラウマで 学校の外に出るのが怖かったのだ。

当然、実際にハワイに引越してみれば、
そこは半分日本。カリフォルニアでの留学生活とは
うってかわって、楽しいリゾートライフがはじまってしまったのだ。

留学先で強盗されました(カリフォルニア州サクラメント近郊で)

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留学先での強盗事件(カリフォルニア州サクラメント近郊で)

大分前回の記事から間が開いてしまったが
続けて行こうと思います。

16歳でアメリカの高校に自称、なんちゃって
女子サッカー留学したところまでお話しましたが、
実はそんな矢先、僕は強盗にあってしまう。

まだハロウィンの日に服部君という少年が
殺害された事件の記憶が真新しかった
1995年の冬、僕はスポーツクラブの帰り道、
道を聞くふりをして近づいて来た4人組(それも全員女のスペイン語圏の人)に
突然拳銃で脅されて、全ての所持品を取られたのである。

不妊治療に来る日本人、子供をアダプトするアメリカの有名人

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孤児を育てる・養子・実子・養子縁組・里親に関して

I was adopted .....etc etc.
これは おいらのいるアメリカでは実に良く聞くせりふである。
僕はかれこれ合計11年もアメリカに居座ってしまっているが、
正直、アメリカの嫌なところは腐るほど見てきた。

だけど胸を張って、アメリカの好きだと言えることのひとつが
この養子の制度だ。
というのも、アメリカでは恵まれない子、親に育ててもらえなかった子、
などなどアメリカ以外のアジアやアフリカ諸国からも
たくさんの子供がアダプトされている。
そしれ、血のつながりのない、育ての親のことを
みな、堂々と、そして実の親と同じように、
もしくは実の親以上に、愛し、そして感謝しているのだ。

僕は、自分の親が例え生みの親でなくても
それを堂々と言えるような環境があるということは
すばらしいことだと思っている。
日本のように、隠したり、それを知らされたからといって
ぐれるというようなそういう話は聞かない。
むしろ、幼い頃から、自然に話してこられたからだろうか、
負い目も感じずに、受け入れるというプロセスもスムーズなのだろう。

何で僕が今日、こんなことを書いているかと言うと、
先日、床屋に行ったときに、おいてあった雑誌の中で、
アンジョリーナジョリーがアダプトした息子と娘と一緒に
楽しそうに、本当の家族のように写っている雑誌があったからだ。

というのも、実は僕は
アメリカで 不妊治療に携わる会社で
働いていたことがある。
みな、自分たちの子供が欲しくて、
必死なのだ。
わざわざ日本を離れて、体外受精や
ありとあらゆる方法を試すために、
まだ日本では認可されていない治療法も試すだめに、
皆、必死でやってくるのだ。

人間なら、自分の遺伝子を残したいと思うのは
本能なのかもしれないし、そういったご夫婦の
つらさもわかるし、決して反対するつもりなのではない。

しかし、いつも僕はその仕事をしているときに
思っていることがあった。

この方たちは、子供が欲しいのだろうか。。。
それとも、単に自分達のDNAを残したいだけなのだろうか。。。

もちろん両方であろう。そして僕だって
もしもヘテロセクシャルなら 当然そのように考えただろう。

だから僕だって、もしこのまま今の彼女と
これからも一緒にいるとなって、
子供が欲しいと彼女が言ったら、
人工授精とかそういうのも考えた。

ん??

だけど、ちょっと思ったんだ。

もちろん自分達のDNAも大事だけど、
家がなくて困っている赤ちゃんは世界中に
ほんとうにたくさんいるんだ。

綺麗ごとや偽善に聞こえるかもしれないけど、
もしも可能であれば、
養子・養女を貰って育てるというオプションが
あるっていうことを
もっと広く知ってもらいたいし、
実の子だろうが、育ての親だろうが、
結局のところ、どっちだから
思い通りの子になるとか、ぐれないとか
そういうことは関係ないんだと思う。

正直、僕から言わせてもらうと
世の中には 血縁関係の中で起こる
悲惨な事件が 他人よりも
遥かに多い気がする。

だから、どうしてもどうしても
DNAを残す必要がない以上(すげーいいDNA持ってるなら別だけど(笑
ほんの少しだけでも
家が必要な子供たちの
素敵な育ての親になるというチョイスがあるということを
そういう選択があるということを
頭の片隅においておいてほしいと思う。

僕の友人がカナダ旅行に行ったときのこと、
観光中の海辺で、女同士のレズビアンカップルがいたんだと。
そのカップルは白人同士なんだけど、
二人には5人のかわいらしい子供たちがいて、
黒人、アジア人、白人 みーんな
別々の肌の色をしていたんだと。
その7人の大家族は、そこにいた
どの家族よりも 一番楽しそうで、
一番カッコよかったと
僕の友人は語ってくれた。

こんな幸せもあるんだと

知って欲しかったっす。

ノンホルFTMとして生きて行くことの大変さ、不便さ(女子便?男子便どっちつかう??)

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僕は今日、
男でも女としてでもなく、
第三の性、もしくは中性として、
生きて行くことの大変さや不便さを改めて実感した。

僕は今の所、体は生まれたときの状態のままで、
XX染色体を有する、生物学的には女である。
そして、今の所、それを治療やホルモンで
男性化する予定はない。

しかし、心の性(というものが存在するのであれば)
昔も今も。。。
それは男のままである。
いくら僕が、男性や女性という枠や概念にとらわれず、
“ありのままを、あるがままで生きて行く”
決意表明をしたところで、
現在の世の中は、国や人種の壁を越えても
恐らく全ての文明社会において、
男と女というものはきっちりと二分されているため、
自分一人どちらにも属さないスタイルというのを
維持し続けるのは、非常に困難である。

公衆トイレ一つをとってみてもそうだ。
設置場所によっては共有の場合もあるが、
駅やデパート、学校や公園などをとっても
ほとんどが男と女に二分されている。
そして、自分の生まれてきた体の性と
心の性に対して何も違和感がない人間にとっては
当然のことであり、一番多くの人が心地よいと感じる
方法であることは疑う余地もない。

何年か前だろうか、
僕の住んでいる、アメリカのサンフランシスコでは、
FTMトランゼクシャルの人が、まだ完全に男になっていなかったため、
いつもどおり女子便に入ったところ、
中にいた女性が、変質者だと思って
大声を出し、外にいた彼氏に助けを求めた所、
助けに来た彼しに、このFTMの方が暴行を浴びるという
事件があった。
その事件依頼、ここサンフランシスコでは
これから新しく建築される建物には、
中性用のトイレの設置を。。。などと
検討されているが、
暴行を加えた男性にしてみれば
変態だと思った男を退治しただけなのだから罪は問えまい。

しかし、僕のような人間にとっては
このトイレ一つにしても敏感にならざるを得ない場所である。
昔、僕が20歳ぐらいだったころ、
僕はどっからどう見ても男にしか見えない時代があった。
当時の僕は、心の性と体の性をマッチングさせようと必死だったし、
ホルモン治療も視野に入れて行動していたことの結果だったと思う。

だから、女子便所に入ると、
“あ、間違いました”といって女性の方が逃げてしまうこともあったし、
掃除のおばちゃんに
“あんたここは女子便だよ”と怒られることもあった。

だから、公の場でトイレに入るときは、男性用の方が
問題がなかったのである。
だけど、ホルモン治療をしていない僕にとって、
男子便所に入ることもとっても勇気がいった。
もし女ってばれたらどうしようと。。。
だけど女子便に入れば99%以上の確率で男が入ってきたと思われ、
変態扱いを受けるのだから、それだったら男子便にこっそり入った方が
目立つ確立は少ない。
だから20歳ごろの僕は、かなりの確率で男子便に入ったりしていた。
そもそも、僕が住んでいるサンフランシスコのトイレに
入る場合は、土地柄めちゃめちゃバリタチのレズビアンの姉ちゃんや
スキンヘッドのコワモテのFTM?っぽい人も
多数女子便にいるので、特に問題になることはなかったのだが、
韓国に短期留学していたときや、ヨーロッパに旅行に行ったり、
日本に帰国しているときなどは、必ずといって良いほど
女子便で奇妙なまなざしを浴びせられたのだった。

しかし、僕を変な目でみたとしても
彼らには何の罪もないのだ。
生まれてからずっと
世の中には男と女がいて、
男は通常こうこうこういう髪型で、服装で、行動でと教えられ
反対に女とはこうこうこうだと無意識のうちにも教えられてきたのだ。
それを基準に考えたとき、反対の性の人間が
トイレに入ってきたら、そりゃあびっくりしても仕方がない。

そして28歳になった今、僕は相変わらず
FTMであるのにもかかわらず、
ホルモン治療もせず、女の体のままで生活している。
老けたのか、大人になったのか、
はたまた開き直ったのか、
僕は今、中途半端なままで、
男だとも女だとも決めずに生活している。
そして生活していく上で、なるべく不便がないようにと、
極力トイレで困らないようにと、

女という要素を一切排除しつつ、
ギリギリのところで 女に見えるような
ぶっちゃげわけのわからない所でおさまっている。

だからだろうか、たまに無償にストレスを感じるときもある。

もしかしたら、今の僕はありのままじゃないのかもしれない。
無理して、生まれたままの心と体で納得しようと
必死に中性を演じているのかもしれない。

それは僕にも誰にもわからない。

本当なら、さっさとカウンセリングに行って、
一日も早く治療を開始したほうがいいのかもしれない。
それがもしかしたら僕にとって幸せなのかもしれない。

だけど、まだ僕は迷っている。

僕は来年早々にも日本に帰って
就職活動をするつもりだ。
今まで就職しようと思わなかったのは、
リクルートスーツや会社の制服の問題があったからなのだ。

もし僕が男で生まれてこれていたなら、
僕はとびっきりお洒落なスーツを着て
エリートサラリーマンを目指していたに違いない。

だけど、女のスーツを着ることもできず、
男のスーツを来て、100%男として生きていく勇気もない
中途半端な僕は、どうしても正装ができないでいた。
そんなちっぽけなことと思うかもしれないが、
女の服を着ることは、僕にとっては
ありえないことであり、体調を崩しかねないほど
ストレスになることである。
しかし、男性用のスーツを着て、ホルモンなしで生きていけるほど
世の中は便利に作られていない。

どっちかに決めないと どっちかに属さないと


非常に不便な世の中なのだ。。

こういう事を考えると
僕には自営業しか道がないと思ってしまう。
だけど、逆に言うと
こんなことで
選択の枠を縮めたくないのだ。

僕がこうやって悩んでいると
皆が言うことは

“パンツスーツ着たら?”

である。
ごもっともで、大変ありがたいアドバイスである。
友達の結婚式の時も同じように悩んで、
同じように回答を貰った。

だけど、いくらズボンだからといっても、
所詮女性用に作られたもの、
腰の辺りがキュッと絞られているのがほとんどで、
ジャケットも右上で重なるし、
胸の部分がきちんと余裕があったりするし、
とにかくいくらズボンでも女の体系を
しっかりと考えた作りなのだ。

だから僕はそれを着るのは正直抵抗がある。
どうしてもといわれれば仮装のつもりできるが、
ほんの少しでも女性を意識させるような
デザインや縫製のものは落ち着いて着ていられないのだ。

だけど男性用のスーツでは、まるで
男になってしまうため、女子便にすら入れなくなってしまうのだ。

こんな、どうでもいいことかもしれないが、
僕にとってはすごく重大な問題が
今の僕を再び襲っている。

いくらどんなに頑張っても
今の世の中で
中途半端な性、中性、第三の性を
生きていくことが、
どんなに大変なことか
思い知らされる今日この頃である。

フェミニストな僕と亭主関白な僕(FTMの矛盾した心の葛藤)

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僕はAB型だ。
世間では八方美人とか二重人格とか言われる血液型だ。

彼女に聞いた所、どうやら八方美人ではないらしいのだが、
言うことが突然180度変わったりすることから二面性は持っているらしい。

つまり、
僕の中には最低でも二人の人間がいるらしい。

その二重な性質の中でも一番自分が自負しているのが、
フェミニストな僕と亭主関白な僕の二人である。

サッカー選手になりたかったFTMの僕。

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1993年、Jリーグ開幕の年。。。
僕が15歳の時、高校一年生の時だった僕は 
LOS ANGELES(ロサンゼルス)郊外に1ヶ月間の
ホームステイをした。

幼少時代、3年間ロスに住んでいたい事もあり、
9年ぶりに踏んだアメリカの地は 
当時の僕にとっては感無量だった。

これが後に僕を高校留学へと導くきっかけになったのは
間違いないと思われる。

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