小学校6年生の始め、
自分の体は女であるにもかかわらず、
“自分は女が好きである”
と確信した僕は、中学からは
地元の共学の公立ではなく、
東京都内の私立の女子校に行きたいと真剣に思うようになる。
公立の中学に行きたくない理由は色々あったが、
なんといっても一番の理由は、
男に邪魔されずに
女にモテタイ(笑
であった。
本当は中学受験をする場合、
小学校の3,4年から
塾通いをするもんだが、
うちは貧乏で母子家庭。。。(小5の時に離婚成立)
塾に行くお金も私立にいくお金もなかった。
だから、たまたま遊びに来ていた父は、
どうせ受けるなら偏差値の一番高い、それも国立に行けと、
超無謀なことを言ってきた。
まるで半年の勉強で司法試験に受かりなさいとでも
言っているかのように
聞こえた。
ま、戦前の人間である。
私立受験の現状を知らなくても無理はないか。。。。
だけど、一応は頑張ってみようと、
小学校6年の半ばから、
独学で中学受験の勉強をした。
だけど、学校ではいい成績でも、
中学受験はテクニックが必要。
まるで歯が立たない。
それでも毎日頑張る僕に少しは心を打たれてか、
“お願いです、塾に行かせて下さい”
とお願いする僕に心を動かされたか、
最初は相手にしていなかった母が、
知り合いの塾の先生に話しをして、
いかに中学受験が大変かを思い知らされたそうだ。
そこでなんとか夏期講習から塾に通い、
なんとか工面していただいたお金で受験をし、
第一志望は不合格だったが、
第二志望の女子中に合格することができた。
当然ランクは下げたが、
小学校6年の半ばから勉強したわりには、
そこそこの学校には入れた気がする。
コレもすべて、
女の花園を夢見て
徹夜で勉強したからである(笑
入学した学校は、
東京都豊島区にある某女子校。
部活動の歌劇部では、宝塚の真似をして、
女子が男役をやるなど、
まあ
想像通り、女の花園なのだ(^^)
先輩を好きになることは当りまえ。
人気の先輩はまるで芸能人のように
後輩から扱われていた。
気を良くした僕は、
早速物色しだした。(恐ろしい12歳!!)
まず最初に気になったのは
同じクラスで仲よくなった子だった。
誰とは言わないが、その子の写真を
勉強机の引き出しに入れては、
試験勉強中の励みにしていた。
結局その子に告白することはなかったが、
自慢ではないが、
クラスの子数人から
告白されたこともあった(^^)
決して彼女達はレズビアンではないと思うが、
いわゆる男っぽい僕を
男と錯覚して、恋心を抱いたのかもしれない。
女子校なら良くあることだと思う。
そして、遂にその時は訪れた。
全身電気が走るというのはこのことを言うのだろうか。。。
僕は人生で初めて、
まるで電気が走るかのように、
一瞬で恋に落ちてしまったのである。
相手は部活の先輩。
決して超美人とかではないが(←失礼をお許しを!!
なんとも言えない笑顔と、
人懐っこい愛嬌ある人柄に、
僕の心は一瞬で奪われたのである。
もちろんその頃相手は
ただのかわいい後輩としか
思っていなかったと思う。
良く慕ってくる後輩だなと。。。
だけど来る日も来る日も
僕は、
その先輩にいかにすれば
お近づきできるかと
脳みそを全部使って考え続けたのである。
お土産作戦、通学待ち伏せ作戦、
一緒に帰りませんか作戦、
無理やり用事を作ります作戦。。。。
12歳の脳みそができることは全てした。
クラスの仲よしの子にも協力してもらって、
毎日のように先輩の教室に通った。
そして、
な、なんと、
入っていた部活を辞めて、
彼女のいる部活にうつったのである。
行動的というか
今でいうならストーカーというか
だけどとにかく必死だった。
もちろん誰ともつきあったこともないし、
つきあうってどういうことかわからなかったけど、
だけど、
自分の心に芽生えたその感情を
抑えることなどできなかった。
そしてこの熱意が、
いつしか先輩をもつき動かそうとは
まだ誰も知る由がなかった。
この時の僕は、
男とか女とか
そういうのを全部超越した上で、
人として人を好きだと思っていたのかも知れない。
男らしくしなきゃとも思っていなかったし、
相手が女らしいとか男らしいとか
そんなことも考えていなかった。
だから、
全然悪いことをしているとは
その当時から思っていなかった。
ただ自分に正直に行動した結果だったのだと思う。
年齢が増すと、
どうしても相手がストレートだとか
脈なさそうとか考えて恋愛をするようになるけど、
この当時の僕は、そんなものとは無縁だった。
若かったといえばそれまでだが、
今でも僕は、思うことがある。
世の中ゲイ・レズビアン・トランス・バイなどなど
自分も他人をも、
なんらかのカテゴリに入れて見てしまうことが多いが、
そして、それは無くせと言うのも
無理なことなのは100も承知だが、
それでも僕が今でも信じていることがある。
それは、
人にはどんな可能性でもあるという事。
つまり、私は絶対ストレート、
同性愛なんてありえへん、
僕は絶対ゲイ、私は絶対レズビアン、
俺はFTM,私はMTFなどと
語るのも思うのも自由だし
悪いとも言わないが、
だけど、その定義やその時の思いが
絶対に不変のものとは
僕はどうしても思うことができない。
人はどこかに属することで
安心して生活をできる生き物だから、
チームわけをすることは
避けられないかもしれないが、
たまには移籍もありでしょ!!??
それが
自分でしようと思った結果でも、
自然になった結果でも、
誰かに押されてなった結果でも、
それはそれで
全部あり
僕はそう思う。
だから、絶対にストレートとか
絶対に同性愛者とか
なんか正直違和感がある。
僕もばりばりのFTM時代は
そう思っていたこともあったが、
柔軟な気持ちになれば
人には様々な可能性があるんだと思う。
だから僕は
人を好きになるときに
女だから好きになるのではないと思う。
その人のことを好きになって
たまたまその相手が女だったと。
そりゃ
今までそれが女ばっかりだから
やっぱり男はだめ??
とか思うときもあるけど
だからと言って
“絶対に好きになれない”
とは今でも思っていない。
だけど無理して好きになろうとも
思っていない。
あくまで
自然体で。。。
いれたらいいなと。
話がそれたが、
僕が言いたかったのは、
純粋な気持ちや情熱は
相手に伝わることって多いんだなと思った。
ストレートだからって
絶対に同性に振り向かないとも思わないし、
ムキに否定するのは
逆に心のどこかで案外まんざらでもないから
反動で反論してる場合もあるし。。。
ごちゃごちゃ書いてしまったが、
要するに僕が言いたかったのは
僕は今でも
人は性別や性志向を超越して
誰が誰を好きになる可能性も
絶対にゼロとは
言い切れないと思う。
そう信じているって
ことだと思う


















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素晴らしい。